【真剣!野良仕事】[127=気高き水辺の草、おもだか]

2010.7.18(日)
「風情がある」とか、「趣きがある」という意味の古語「をかし」。その美意識語「をかし」を『枕草子』にちりばめる清少納言ですが、読む側としては「をかし」が登場するたびに、その文脈に外れない最大許容範囲のブレ幅で、前出の「をかし」と同義にならないように読み進めますよね。そういう努力をしないと、昨今流行の、なんにでもチョーを被せて澄まし顔をしているような厚顔に陥ってしまいそうで、いやはや、なかなかに美意識の自己表出とは難しいものだなあと感嘆するばかり。

 ところで、第1段「春はあけぼの。」で始まるその『枕草子』の第66段、野の草についての書き付けがあります。

[草は菖蒲。菰。葵、いとをかし。神代よりして、さるかざしとなりけん、いみじうめでたし。もののさまもいとをかし。]と、当時としては話題に上った草木を整理してから、なかでも気になる草の名前を取り出して品評します。それが田んぼの雑草、「おもだか」です。
[おもだかは、名のをかしきなり。心あがりしたらんと思うに。]。ひどくお気に入りの風情。

「心あがり」とは全訳古語辞典を引くと「気位の高いこと、思い上がること」とあり、おもだかには漢字を当ててはいないので、なんともいえませんが、きっと「面高」という漢字を1000年前にも当てていたのでしょうね。それでないと、水辺に咲くこの清楚で小さな花と、人の顔に似ているといわれてきた葉っぱを見て、到底、思い上がってるとも気位が高いとも思う訳はないのですから。
 いずれにしてもその名前倒れの乖離が余程に面白かったのでしょうね。あれは好き、これは嫌いと、まるでシマウマのように黒白をはっきり主張したエッセイはやはり文学遺産そのものです。英語ではArrowheadというそうで、葉っぱだけをみると、やはり鏃に似ているなあ。
 さて、田んぼではいま、このオモダカがすくすくと育ち盛りなんです。葉っぱが鏃に似た形なので、イネと区別がつきやすく、除草しやすい草なんです。
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↑飯島農園の入り口にあるビオトープに咲くおもだかの花。
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↑田んぼにても成長著しいおもだか。これは2週間ほど前の田んぼの様子で、白い花が風にそよいで、もうしばらく除草の対象にしないでおこうと思い直したい気分になります。


 ここまで書いてきて、どうしても「さるかざし」の意味が分からなかったので、別件で図書館に行ったおり、「枕草子」コーナーで調べてみると、ああ、なるほどと納得した点が多々あり、誤りも含め、修正を追加します。

【修正1】
 ボクの手元にある『枕草子』は池田亀鑑校訂の岩波文庫で、「草は」は66段。ところが図書館で調べた枕草子関連の書籍5冊では「草は」は63段。新研究も含めて、章段の変更があったらしい。
【修正2】
 「神代よりして、さるかざしとなりけん、いみじうめでたし。」とある「さるかざし」の意味が分からずにいた。日射しを遮って遠くを見るとき、額に手をかざすという動作をするが、ひょっとしてその仕草を言うのか。そんなことを考えながら明解古語辞典を引いてみると、「さるかざし」では該当なし。では「かざし」とはなんだろう。「かざぐるま」「がざけ」「かささぎ」に続いて、「かざし」登場。
 かざし「挿頭」。草木の花や枝などを折って、髪や冠にさすもの。後世には造花をも用いる。
【修正3】
 「かざし」はどうやら頭髪関連の装身具っぽい感じ。服飾関連の事典で「かざし」はないだろうかと、『衣装事典』を繙いてみたら、糸口発見。
 かんざし「簪」。語源は「かみさし」、古くは「挿頭花」と書いた。原始時代のヘアピン系の1本脚が、6世紀以降、大陸渡来の2本脚に変化し、頭部に金銀や糸花で飾りを付け、簪の元となったとある。
 この項、ダレが書いたんだろうと追いかけて文末まで行くと、樋口清之先生。そうか、言葉と習俗の分ち難い関係を見続けた先生らしい解説で、文意のおおよそは納得。
 さらに角川古語辞典などによると、「かざし」は植物の生命力への畏敬の念から、その生命力にあやかろうと菖蒲や菰や葵などを冠に刺し、飾りとしたようで、[鷹志][寅彦][龍一]など猛禽類を名前として使うことでその精悍さ、勇猛さなどにあやかる習俗と同じような考え方がこの髪飾りにも表現されていたのかと、自然の驚異に対抗する味方の取り込みかたがとても面白かった。
【修正4】
 とはいえ、依然として「さるかざし」の「さる」が分からない。逐語訳のような現代文翻訳書はないものかとさがしたら、当然のことながらありました。池田亀鑑『研究枕草子』。
 それによると、この部分、「賀茂祭りの挿頭となるめでたさ」と。前後左右の関係から「さる」を「賀茂祭り」と読むのが一番すんなり解釈できるらしい。そう読むのか。分かったような、分からぬような。いかなる前後関係で「さる」が「賀茂祭り」と読むのが優れているのか、そのあたりは依然として五里霧中。いや、もっと広範な十里霧中ってところか。
 とはいえ、ここに至るまで約1時間。猛暑厳しきここ数日ですが、空調の効いた図書館内をあちこち、道草。田んぼの中で汗にまみれて雑草と格闘する時間も有意義ですが、こちらはこちらで楽しい数刻でした。
by 2006awasaya | 2010-07-19 00:04 | 真剣!野良仕事


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