【真剣!野良仕事】[172=飯黒し]

2011.11.1(火)
酒白く飯黒し
f0099060_12105383.jpg

↑本年産の玄米と標準精白米。見た目では玄米の方が遥かにおいしいそう。言語に喩えると、標準語と訛った方言。ビールに喩えると巨大メーカーが作る流通ビールと地ビール(例えば銀河高原とかベルギービール)、かな。

 先週、本年のボクの受け取り分37kgの玄米を好人舍にいただきにあがりました。ずっしりと腰にくる重さ。しっかりと腰で受け止める半年の成果です。できたての新米です。品種はコシヒカリ。住まいの方角が帰り道にあるので、お仲間の秋山さん宅へお届けにあがったら、なんとまあ、極上の笑顔で迎えられてしまった。ありがたい。
 その新米の玄米10kgを、とるものもとらず、本日、船橋市夏見にあるコイン式精米機で精米してきました。最近のコイン式精米機には二分、五分、標準精白、極精白、無洗米と、搗き方に5つの選択肢がありましたので、標準で精米してきました。料金は10キロまで100円。

 帰宅して、精白したお米と玄米のままのお米を並べて、しげしげと眺めていると、どうにも玄米の方がおいしそう。季節に敏感な芭蕉は、はて、お米についてどんな印象を抱いていたんだろう、どんな風に句にしたのだろうと気になり始め、いつものように加藤楸邨先生の『芭蕉全句』で調べました。

花にうき世我が酒白く飯黒し

 楸邨先生によると、この句の芭蕉は「世間様に対してひがんでいるのでも、すねているのでも、ましてやいじけているのでもなく、自らの清貧を楽しんでいる」とおっしゃっています。

 白い酒とは濁り酒のことで、澄んで透明なお酒は値も味わいも数等上ながら、それは贅沢そのもの。お米も無理に白さを求めて搗かず、玄米のままでいただくのが自分にはふさわしい。むしろ、それこそが風雅風流というものだと、そんなことを潜ませている一句なのかと、ボクは解釈しています。
 門弟たちも、秋になれば新米を土産に句を巻いたんだろうな。
 『続深川集』に「世の中は稲刈る頃か草の庵」、『笈日記』に「米くるる友を今宵の月の客」の句があり、これらの句も、門弟知人たちが新米を持ってきてくれたことへの挨拶句、もてなしの句で、そうか、もう秋か!こうしたありがたい頂戴物を目にするまでは、うっかり気がつかなかったものよ!と大袈裟に驚いてみせたのでしょうね。まことにすばらしい気遣いと云わなくてはいけません。

 そこでボクも、黒き玄米に思いを込めて一句。

固くにぎれまるき月見て黒き飯

 ボク、意識しないと三角おにぎりにならず、丸いかたちになってしまう。津軽の佐藤初女さんがにぎるまんまるおにぎりになってしまうんです。本年の玄米は三角塩ムスビにせず、味噌をつけまんまるおにぎりでいただくことにしよう。

f0099060_12111028.jpg

↑秋山家にお米をお届けした折、嬉しいじゃありませんか、この笑顔。安来に単身お勤めの奈緒ちゃん、当分帰ってこなくても大丈夫ですよ。この笑顔ですもの。そちらはそちらで楽しんでらっしゃい。
by 2006awasaya | 2011-11-02 12:13 | 真剣!野良仕事


<< 【真剣!野良仕事】[173=見... 【真剣!野良仕事】[171=3... >>