【真剣!野良仕事】[189=正しく「大」の字で寝るということ]

2012.7.27(金)
時を超えてなんとも楽しい「青田」の午睡
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↑先日、田んぼの水管理に出た折、農道で身を横たえてみたんです。想像以上に気持ちがソフトになりました。轍がへこみ、軌間中央部が程よく盛り上がり、しかも雑草がマット状になっているので背中に柔らかく、思わず知れず深い眠りへと落ちてしまいました。世間では損得なく、自失したように身を横たえる状態を例えて「大の字になって」といいますが、うーん、まさしく「大」の字そのもの。それにしても、この大の字、股関節が硬い体形の標本のようでもあります。白川静先生の『字統』で「大」の字を引くと、「人の正面形に象る」とあり、「広大、長大、多大など、すべて盛大の義に用いる」と。自失した姿ではなく、盛大なる寝姿と言い換えたほうがいいかも。ところで、この「大」の項にこの写真とほぼ相似形の甲骨金文が掲載されています。明朝体でもゴシック体でも、「大」の字はもっと足が開いていますが、『字統』では肩幅の倍幅くらいにしか両足を開いていない「大」の字となっていました。

 7月24日、この日は飽水管理の目的で午前から午後にかけて、我が田んぼに我田引水をしていました。出穂する直前のこの時期、田んぼの主は水が欲しくて欲しくて、あらゆる知恵と経験を総動員して「我が田んぼに水を引き入れ」ようと、争いも辞さずの覚悟を呑み、自分の畔を見回りし、徘徊するのです。出穂の時期は田んぼ田んぼによって異なるので、満水にしたい田んぼには強引に水を入れ、分蘖を促進したい田んぼには水を断ちと、イネの成育具合にあわせて水加減をしているのです。わが方の田んぼはちょうど分蘖と出穂の中間地点で、この時期の水管理を飽水管理と呼ぶのです。蛇足ですが、飽水管理とは何か。田んぼのあちこちに見かける足跡の窪みに水がひたひたに溜まる程度に水を溜めること。中途半端な、なかなか気難しい水管理なのです。
 ところで、用水路からの水では足りませんので、近くの川からエンジンポンプで汲み上げて田んぼに引水していますが、結構時間がかかるのです。その間、畦の草を刈ったり、田んぼに姿を現し始めたヒエなどの雑草を取り除いたりしていると、サヤサヤとした水の音が耳に入ります。畔に腰を下ろし、耳を澄ますと、鮮やかに聞こえてきます。もっともっと聞いていたくなって、農道に大の字になってこのひそやかな水の音を聞いていましたら、いつしか眠りに落ちて。想定以上に気持ちがいいものでした。確か芭蕉はこの水の音を句にしていたなあと、自宅に戻ってから、加藤楸邨先生の『芭蕉全句』をパラパラしていたら、ありました。

楽しさや青田に涼む水の音

「青田のほとりで涼んでいると、折から水を引いて田の中へ送り込むための、爽やかな水の音が絶えないので、聞いているとおのずとたのしい気持ちになる」と加藤先生は説明しています。時を超えて、青田は爽やかさの源泉なのだなあと実感した次第です。
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↑大の字の写真は風戸さんに撮ってもらいました。
by 2006awasaya | 2012-07-27 20:58 | 真剣!野良仕事


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