【真剣!野良仕事】[12=飯島さんの夢]

f0099060_20592023.jpg

↑「さあ、これからバーベキューパーティーの支度だ」と、ブロッコリー定植を終えて、パーティー会場へと集まってきた面々。ご苦労様でした。お疲れさまでした。ところで、ブロッコリー定植とは、発芽したブロッコリーの苗を、機械と手作業で畑の畝に植え替える作業のこと。苗を植える機械はその仕組みが極めて面白いので、別な機会に写真付きで説明したいと思います。
f0099060_20595851.jpg

↑まだ日のあるうちに焼き始めたバーベキュー。このあと、まさしく釣瓶落としのスピードで初秋の日は暮れていくのでした。

田舎の学校にコンタクト

 飯島農園での「田舎の学校」のバーベキューパーティーに顔を出させていただきました。
 畑ではよく顔を会わせるメンバーの方々と野菜のこと、畑のこと、農作業のこと、日照不足だったこの夏のことなど、いろいろおしゃべりをしたいと思っていても、お名前が分からないとなかなかお話しするキッカケがつかめません。

「そりゃあ、おかしいよ。名前を知らなくても、畑という共通のフィールドで体を動かしているんだから、そんなに肩肘張る必要もないだろうし、気軽に声かけしたらいいんじゃない」と妻も言うのですが、どうにも臆病なのか、引いてしまうんです。しかも、こちらから無駄なおしゃべりを仕掛けて、折角集中して作業をしているその腰を折ってしまわないか、と。
「自意識過剰、その一言につきる!」と、一刀両断の妻の言。

 でも、そうは言っても、しっかりと名前を呼んで、それから相手の眼を見て、おしゃべりしても大丈夫、時間はたっぷりある、話も腰も折らない、そんなことが気分的にも確認できて、それからおしゃべりに移る。ちょっと大袈裟ですが、こちらからしゃべりかけるときには、そのような手順を踏んでおしゃべりしていました。
「それなら自分から先に名乗って、それから話をすればいいんじゃないの」と、ますますキツくなる妻の口調。

 それなら、こうか。
「えーと、あのですね、ボク、長谷川って言うんですが、いま、しゃべりかけていいですか。もしお邪魔でしたら切り上げますが、おイヤじゃなかったら、ええと、ええ、そうそう、モロヘイヤがズンズン枝を延ばしてもう凄い勢い、はい、ええ、いえいえ、そうじゃなく」
「なによ、それ、もっとフツーにできないの」
 こんな夫婦のふつうの会話があって、でも、フツーのおしゃべりが畑ではできなかったのです。
 これって多分に性格的なものもあるのでしょうね。
 そこで、飯島さんに、田舎の学校のメンバーの方々に、農作業以外の場でおしゃべりする機会をいただけないでしょうかとお願いしたのです。それが意外に早く実現したのです。

お誘いコール

「今週末に田舎の学校のメンバーでバーベキューをやるんですが、長谷川さん、参加しませんか」と。
 もちろん、ニコニコ顔で参加しますと申し上げました。
 さて、当日の夕方。
 炭がおこされ、テーブルの支度も済んで、乾杯の唱和を済ませ、バーベキューパーティーが始まった直後に、主宰者の飯島さんからメンバーに向けてのこんな挨拶がありました。
 きちんと記録を取ったわけではないのですが、だいたい、こんな内容でした。もしも、内容に誤りがあっても、それはここに記入した長谷川の文責。責めはもっぱら長谷川にありますので、あらかじめご了承ください。
 で、内容はこんな感じでした。
「この田舎の学校でお付き合いをはじめさせていただいくそもそものキッカケは、実は私にこんな悩みがあったからなんです。日本全体が抱えている共通の悩みでもあるんです。すなわち高齢化。寄せくるこの高波をこのあたりの農家もほぼ全部、かぶっているんです。農家の後継者がほんとうにいないんです。私自身もそうですが、確実に歳を取る。10年後にどうなるか。畑がどんどん空いていく。農家の現況は後継者不足、そして結果として畑がどんどん空いていく」

ちょっぴり重い話題

 飯島さんは結構通りのいい声をしているんです。がっしりとした体格ですし。その飯島さんが開口一番、そんなちょっぴり重い話題をしゃべり出した。
 テーブルを囲んで座るメンバーも、乾杯の音頭で「やあやあ、お疲れさま」のかけ声が終われば、ぐいっと一杯、まずはビール、ぐっと一息、ビールでノドを潤してということになるんだろうと予測していたんでしょうが、その予測はちょっぴりはずれ、あれって顔で飯島さんを注視している。みんながみんなそんな顔でいた訳ではありませんが、ボクにはこのメンバーの様子が伺い知れるようで、釣瓶落としの秋の夕暮れといわれる急激に弱まっていく光の中で、飯島さんの話の先を待っていました。
「畑も空いているけど、田んぼもほんとうに大変なことになっているんです。日本全国のお米の生産者の80%以上が60歳以上という高齢なんです。日本の食料自給率を見てみると、お米はほぼ100%、野菜は85%という数字が出ているんですが、もう10年もするとどうなるかわからない。いまは中国から安い農産物が入ってきて、国産との価格面での軋轢などがあり、生産者としてはどんなもんだろうと悩みの種ですが、その中国でも農業人口の減少とか農村から都市への人口移動とか、様々な要因から中国の国内消費を優先するようになるだろうし、もう10年もすると輸出どころではなくなるはず、大豆はもうすでにアメリカから輸入するまでになってきている。農産物を輸入に頼っている日本の今後10年を考えると、暗澹たる気持になります」

その先にある夢

 さて、飯島さんの真意は何だろうか。ボクも、「で、その先は」という顔で飯島さんを見つめてしまった。もうすっかり闇が濃くなってきている。焼き肉の焼き加減が見えないと言うことで、電球を一灯引いてきたが、それがここに集う顔を照らす唯一の光。
「農業従事者の高齢化、食料自給率の低下、そんな状況にあって、空いていく畑が増えていく。その空いていく畑をどんな形で残していくのか、どのように畑として活用し、健全な畑の姿として残していったらいいのか、これが私の積年の悩みというか課題なんです。で、私が田舎の学校に関わりを持たせていただいて3年目ですが、この関わりの中で、なんとかいま言った課題なり悩みを解消する方策をつかみたい、そんな思いでやっているんです。私が願うのは、この田舎の学校で皆さんは農業の実際を学び、私は空いた農地を農家からまかせられるように実績を重ねていければいいと、そんな風に考えているんです」
 そう言うことを言いたかったのか。
 これは生き甲斐対策にも似た行政レベルのフューチャープランニングかもしれない。あるいはnpo法人レベルの『今後10年の美しき日本』プロジェクトか。
 おっしゃる通りという顔。
 同意したという顔。
 先刻承知、任せておきなさいという顔。
 微妙に温度差のある顔が裸電球に照らされている。
「そのためには、やはり農業で収益というか収入をしっかりと得られるようにしないといけないと思うんです。その試しとして、9月に入った最初にブロッコリーをシーダー農法でやりましたが、この無農薬ブロッコリー栽培を通して、しっかりとした売り上げと、売り上げの分配をしたい。今回はそのチャレンジでもあるんです。こうしたチャレンジを通して、この田舎の学校で学んだ皆さんが農業のプロとして育ち、空いていく畑をどんどん耕していければ、結果として船橋という地域に貢献できるのではないか、そんなことを考えているんです。東京にある会社に勤めていた元気なリタイヤ組がこの千葉県船橋市にはたくさんいるんだと思うんです。船橋で老後、働けるのに働かずに暮らしていくのはなんとも勿体ない。若年のフリーターも場合によっては参加できる配慮があっていい。船橋の農家がまだ元気なうちに、そういう農業後継者が育っていけるような道、畑を空けずにバトンタッチもできるだろうし、そうなったら、これは面白そうなプランだなと。いやあ、堅苦しい話になってしまいましたが、そんなつもりでこの田舎の学校をやっていますので、皆さん、どうかひとつよろしくお願いします」
 いい話でした。
 ほどよい堅さの挨拶でした。

初秋の夜は更けて

 ボクら団塊の世代と呼ばれる人間は、個人の夢は個人レベルで追うもので、人様を巻き込むことはルールに反する! ルールとはなんとも大袈裟ですが、とにかくそんな個人主義的な意識が強いので、何かの折に、「え、そんなスゲーことをなさっているんですか」と驚くことが多々あり、そのサプライズが面白くて同年代の方とおしゃべりするのが好きという傾向も自分に見いだすのですが、それとは別に、少し大仰な物言いですが、共同歩調を取りながらみんなで合意した目標なりに整然と進んでいきたいという「日の丸ハチマキ、きりりと締めて」の気分もなくはなく、「そうか、飯島さんの考えている田舎の学校の理念の一つに、そんなことが掲げられていたのか。それで飯島さんの夢の実現にわずかでも寄与できるんなら、協力を惜しむものではない!」というヤル気が、わずか一灯の裸電球に照らされたメンバーの顔に、チカリと灯ったように見えました。
 その後は、まあ一杯、いえいえ、お疲れさま、そんなふつうの挨拶が交わされて、肉も野菜も大きなアユも、みな気分よく、おいしく焼き上がって、虫の音も一層耳骨を撃ち始め、初秋の夜は更けていき、ああ満腹満腹の腹鼓を潮時に、「それでは明日のブロッコリー定植作業もまだ少し残していますから、このあたりで切り上げましょうか」の、飯島さんの発声で撤収。

 畑ではよく顔を会わせるメンバーの方々に、お名前を存じ上げていないと言う理由で、なかなかおしゃべりができずにいましたが、このパーティーに参加させていただいたお蔭で、今後はお名前を呼んでおしゃべりができるぞと、ウキウキしながら引き上げてきました。
 みなさん、今後ともよろしくお願いいたします。まずはお礼まで。(hasegawa tomoaki)
f0099060_2162881.jpg

↑メンバーの方からの差し入れの漬け物。ダイコンとキューリとニンジンと、それに薄く切ったカボチャに、香り付けとして紫蘇の葉を加え、朝漬けの素で軽く漬けたもの。ちょうどお箸でつまんでいるのがカボチャ。このカボチャは煮ると溶けてしまうタイプのカボチャで、『煮て食べられないなら、漬けてみようか』という発想で漬け物にしたのだとか。シャキシャキした歯触りがカボチャのイメージからほど遠く、この夜の晩餐メンバーには大評判だった。
f0099060_217562.jpg

↑この一球の電灯の下に広げられた飯島さんの夢。写真で見ると、ボクの子供の頃の町内会の催し風景を思い出す。輪の中心には青年団のお兄さんがいて、いやに光る眼でぼくら子供を見据えていたような気がする。その脇には飲んだくれのおじさんが崩れるように地べたに座り、さらにその脇に町内会の世話役のおばさんが、ますます崩れかかる酔っぱらいの体を支えていた。アセチレンの匂いがこの9/16のバーベキューパーティーになかったのがなんとも残念。

飯島さんからの追伸
バーベキューは皆さんをいっそう、畑に近づけたように思いました。
翌日曜日には、計画をほぼ達成する定植をおこなえました。ちなみに無農薬栽培のブロッコリーづくりの勉強を兼ねた、収入ある栽培作業です。より実践的な農業実習というところでしょうか。
肉をたくさん用意していたのですが、メンバーの一人から「年齢層からいって肉はほどほどだよ、魚だよ」と気遣ってのアユの差し入れでした。肉がたくさん余り、私は次の日も有り余る肉のバーベキュー。
ご夫婦で参加されている方の奥様が作ってくれたカボチャの漬け物はおいしく、その発想にもおいしさを感じました。煮ては水っぽくておいしくないカボチャも、こうして食べると食感もバツグン。
次回のバーベキューは、オホン、釣りが大好きな私に天然ワラサが釣れた時を考えています。
とにもかくにも、お日様が少ない夏でした。水の心配もない夏でした。いっぱいだったのは虫でした。
とくにカメムシ(ヘッピリムシ、ヘコキムシ)が。
時々異常発生し、枝豆を全滅させたことがありましたが、いままでの記録を超えた異常発生でした。夏が遅くまで居残っているので、まだ被害が出ています。
無農薬での栽培に挑んで、くじけることなく、大自然に抱かれる。そんな悦びや楽しむ心が保てたらすばらしいと思います。
そこから偉大な力が湧いてきますよ。
by 2006awasaya | 2006-09-20 21:26 | 真剣!野良仕事


<< 飛騨市の「きつね火まつり」報告 【真剣!野良仕事】(11=秋冬... >>