【真剣!野良仕事】[42=断食明けの清浄]

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↑この表情!ああ、断食って抜群の効果があるんだと、思わず納得させてしまう素敵な笑顔。今後ともよろしくお願いします。

断食と野菜作りの清浄な関係

【真剣!野良仕事】[41]で以下のような、会話を紹介しました。
「それはそうと、なんで断食なんか、やるんだろう!」
「なんでも毎年やってるんですってよ」
「毎年、リバウンドの繰り返しじゃないの」
「そんなこと、当人の耳に入ったら大変なことになっちゃうぞ」
 結局は、メンバー各人の関心は「断食明けでどんな変身を遂げて我々の前に現れるか!」の一点でした。


 8月5日(日)の午後、好人舎にて納涼を兼ねたバーベキューパーティがあり、その席で松本さんの姿が見えたので、さっそく松本さんににじり寄って、「なんだかとても溌剌として見えるのは、断食の効果でしょうか」と、声を潜めて聞いてみました。

 松本さんの断食について、勝手なうわさ話で書き進めてしまったことの反省の気持ちもあって、ご本人に確認するのが一番と、直接ご本人にお話を聞いてみたのです。

 すると、「ああ、断食ですか。あれからもう1カ月くらい経っているので、効果のほどは薄れてしまったと思いますが、まあまあ、おかげさまで」と吹き出る汗を拭き拭き、息を切らせて答えてくれました。その時の笑顔がここに紹介した写真です。
 以下は一部禅問答のようなダイアローグというか会話ですが、松本さんと言う先輩の人となりをわずかにでも知るきっかけとなるかもしれません。

長谷川  断食って、文字通り食を断つってことですか?
松 本  断食にも多分、いろいろあると思います。ボクがやっている断食は、水分以外食べ物類はいっさい食べないってことではないんです。新鮮な生野菜を食べます。無農薬の野菜です。それからお粥。言葉は断食ですが、絶飲食じゃあないんです。
長谷川  今回が初めてではないんですか?
松 本  もう7〜8年になるんです、この断食を始めて。今回もいままでと同様、2泊3日のスケジュール。目的は心身ともにきれいな状態にすること。腸をきれいに保つことが何よりも大切なことであるという考え方の確認です。前田行基先生の指導に基いて行われるんですが、一日の3食を断ち、その後、おながしという腸の洗浄をし、そして断食と同じ回数の後食で整えて終了といった行程です。
長谷川  おながしって、何を流すんですか?
松 本  「おながし」とは、水のような便を出すことで、腸壁の襞の間に入り込んだ老廃物、いわゆる宿便を洗い流すことと理解しています。そうですね、2時間ほどの間に7回くらい水様便がでるんですが、腸が痛くなったり下痢の時のような痛みはなく、肉体的はごく楽なんです。それよりも、断食が終了してもとの生活に復帰することの方が難しい。長期入院された方は分かると思いますが、二分粥から三分、五分とお粥の濃度をふつうのご飯に近い状態にあげていきますよね。それと同じようにお粥でふだんの食事に戻していくんです。
長谷川  退院じゃなかった、断食明けの気分はどんなものですか?
松 本  軽いです。身も心も爽快。それからいま飯島農園で、ボクたちが作っている野菜、ほんとうに美味しいとますます思います。断食すると味覚に対する感度が戻ってくるような感じがします。安全な野菜を作りたいって、ますます思います。

 そんな会話を交わして、松本さんが体験してきた断食について、もっと具体的な1日のタイムスケジュール。使用前使用後風に言う、断食前は体重何キロで、断食明けでは何キロだったのか。ただぼんやりと空を見上げて過ごしていたのか、それとも考えるテーマを持って臨んだのか。そして、松本さんの断食に臨んでの最大のテーマは何だったのか。その辺りを聞き逃してしまった。なぜか。ボクが松本さんを独り占めできなかったから。すぐにお声がかかる。竹林のパーティ会場から「おーい、松本サーン!はじめるよ」「松本サーン、助けて」と。

長谷川  呼ばれているのに申し訳ありませんが、松本さん、2つだけ教えてください。その1。松本さんが何ゆえ農業に足を踏み入れたのかということ。その2。5年前の9月に亡くされた奥様の散骨に、この1月にインドに行かれたと聞きましたが、散骨についてお話しくださいますか。
松 本  ただいま、船橋市農業委員会に対して就農の申請をしています。千葉県では戦後7人目だそうです。離農者が相継ぐ中で、ボクのような農業とはまったく地縁血縁のない人間が就農するのは、ここ船橋市では初めてだそうです。農業委員会って、戦後の農地解放からの継続組織で農家の権利を守るための委員会だと思います。教育委員会ってあるでしょ、あの「教育」という単語を「農業」に置き換えたものと思えばいい。教育はほとんどの家庭では子供さんたちの教育と関係するので都市だろうが農村だろうがだれもが関係しますが、農業は教育委員会ほど各家庭に関係してこない。むしろ都市部の各家庭と関係が絶たれてしまっているので、ほとんどその存在自身が見えない状態になっているんです。実際のところ、この船橋では農地売買や農地転用に際し、乱開発を監視・抑止する役目を担っているんです。その背景には、農地は個人所有の不動産でありながら国民の大切な食料を生産する公共的役目を持つ一面ももっていますから、所有者の個人的意志のみで勝手に売買処分や地目の変更はできず、委員会の判断を待つということになる。その判断が主たる仕事になっている。農業従事者の権利を守ると言う委員会に、新しく参入してくるものがこのご時世にいるとは!とあきれられているんだと思うんです。
長谷川  あきれられているとは、具体的にはどんなことですか。本気で農業に取り組もうとしている松本さんに対して、その本気ぶりを試しているんですか。例えがずれているかもしれませんが、国民所得の低かった時代、海外旅行に出かけるにあたって、銀行の預金残高を申請書に資料として添付しなければいけなかったりなど、自己責任の部分を露骨に要求されましたが、アレに似たようなことですか。
松 本  ええ、似たようなものですね。現実的に野菜などを作る「畑」を持っているのかどうか。トラックは持っているか。住居と仕事場となる畑の距離はどうか。生産計画や出荷計画などの農事計画書は立案できているのか。飯島さんの後押しを得て、なんとか申請だけはしたってところです。
長谷川  恐ろしくハードルが高いんですね、農家になるってことは。それはそうと、ほぼ1年前、この好人舎で『田舎の学校』メンバーによるバーベキューパーティに呼ばれ、松本さんとほんの少しおしゃべりをさせていただきました。その折、自己紹介の延長で数年前に奥様を亡くされたこと、その奥様が曼荼羅研究家であったこと、収集した曼荼羅を見に来ないかとお誘いくださったこと、そしてお釈迦様の入滅の地でしたか、生誕の地でしたか、そこに行って散骨したいとおっしゃっていたことが記憶に残っているんですが、そのことについてお嫌でなかったらお話を伺ってもよいですか?
松 本  ええ、どうぞ。妻は、いや、ボク、家内のことは「ママ」と呼んでいましたし、家の中ではいまも娘たちと「ママ」と呼んでいるので、ママと言いますが、そのママを5年前に亡くしました。ママは曼荼羅の収集、研究をしていまして、そんなことで娘たちとも相談して、いつかはお釈迦様の生誕の地であるルンビニーに散骨しにいこうと。それが今年の1月、娘たちとも時間の調整ができて、実現できたんです。
長谷川  あいにく不勉強でルンビニーがどこにあるのかすら分からないのですが、ええと、お釈迦様に関連する地名ってありますよね。入滅の地とか?
松 本  お釈迦様にちなむ地名というと、生誕の地・ルンビニー。今回、ボクたちが行った土地です。インドではなくネパールです。インドのすぐ北にあるといったらいいでしょうか。そして以下はみなインドですが、初めて説法をした地がサールナート。そして入滅の地・クシナガル。一番ポピュラーな地名が悟りを開いた地・ブッダガヤ。で、生誕の地に行ってきたんです。
長谷川  釈迦というと、ボクがまだ会社員だった当時、新入社員で崎谷という名前の社員が入ってきたことがありました。そのころ、お釈迦様の足跡をたどるというイベントがあり、いわばツアーの事前説明会のようなものでしたが、その席で講師の方から「釈迦=シャカ→サキャ→崎谷」という連想ゲームのような小話を披露され、その崎谷というなまえの新入社員が入ってきたことを思い出し、さっそく新入社員歓迎の席で「お釈迦様の末裔ですか」とからかった覚えがあります。ボクの妻の友人でネパール人のサキヤという人もいて、いつかはインド・ネパールをめぐりたいと言う望みもあるのですが、釈迦については何も知らないも同然なんです。そのルンビニーでどのように散骨されたのですか。中国の周恩来さんが遺言通りに、長江に散骨されたように、やはり大河ガンジスに散骨されたのですか。
松 本  カトマンズから車で7時間くらいのところにルンビニーがあり、聖地ですから日本からもその他の仏教国からもずいぶん訪れる人が多いところです。とても散骨できる雰囲気ではないんです。でも、夢のお告げとでもいったらいいのか、明日は帰らなくてはいけないという日の朝、辺り一帯は霧が立ち籠めていて、その霧に乗じてさるところに散骨、いや、分骨という言い方が正しいでしょうね、ママのお骨を納めてきました。霧が立ち籠めていなかったら、とてもそんなことはできなかったでしょうね。その意味で前夜に見た夢のお告げどおり、ママが好きだったルンビニーに納めることができたんです。ミルキーのような不思議な朝でした。
 
 竹林から、「おーい、松本サーン、長谷川サーン、始めるよ」の声がかかります。
 ほぼ1年前にお聞きした奥様の闘病と看病譚はまた別な機会にうかがうとして、今回はこれにて。なお、松本さんのホームページユタカファーム(この色が変わったユタカファームという文字をクリックすると「ユタカファーム」に飛びます!)チェックしていただければ、松本さんの抱いている夢がどのようなものなのか、うかがえます。
by 2006awasaya | 2007-08-12 13:36 | 真剣!野良仕事


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