【真剣!野良仕事】[53=ロバとラバと山田青年]

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↑市原の「ゾウの国」にいた明るい色調のロバ(右上)と濃い褐色に白のパターン柄のラバ(下)、その陰にいるロバ(左隅)
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↑市原のロバとラバについての案内板

驢と騾

 還暦を1年踏み越したボクの目から見ると、「青年」は総じて不思議な存在なのです。不思議な存在なのですが、この山田青年は自分の過去に照合しても該当する痕跡がないのです。多少大袈裟な物言いになりますが、バックグラウンドも世界観も、蓄積してきた見聞の量も全く違う人がいて、しかも興味の方向性が同じような青年がいる。これって、ねじれていながら、最後のところでぴったりと辻褄が合っているようで、結構幸せなこと、じゃないですか。同年配の方々は、帰属する集団でのランキングをはずした途端に淋しがり屋さんだったり、恥ずかしがり屋さんだったりという素顔を見せることがあり、そんな一瞬を見るだけで余計に身近な存在になったりしますが、年齢差が世代差以上に開いている場合、なかなか共通する話題がないこともあり、話そのものが成り立たないのが現実。そんなことを考えに入れると、ボクの場合、山田青年と話ができることは、窺い知れないもう一つの世界を覗き見る楽しみにもつながり、それで毎週末に畑に行くのが楽しみになってきているのです。
 かれは船橋市に住んでいて、もともとは建築を目指していたんだそうです。

長谷川 建築?
山 田 アクアラインのそばの建築系の学校に通っていました。

 山田さんて、声を張り上げておしゃべりするタイプじゃないんです。鎮守の森のようにしーんと鎮まった奥の社(やしろ)に住む青年と言ったらいいのかしら。

 その山田さんからロバについて聞いて以来、ロバのことが妙に気になって、ネットで調べてみたら、意外なことにロバについての書籍も、情報もほとんどないことが分かった。で、山田さんとおしゃべりをした翌週、家族で南房総にドライブ旅行に行った帰り道、市原のゾウの国に立ち寄ったんです。孫がまだゾウを見たことがないって言うんで。そしたら、一番奥まったところにロバとラバがいて、なんだか嬉しくなっちゃって、写真パシャパシャ撮りながら、待ったんです。およそ聞くに耐えないと山田さんが言っていたロバの鳴き声を聞きたくて。でも、1時間待っても鳴いてくれない。なんてサービス精神のないヤツだろう。そういえば辞書を引くと「強情な」という形容に使われる家畜という説明があったけど、なるほどそのとおりだなあって思いながら、でも、鳴き声が聞きたくて、でも、京葉道も混んじゃうし、後ろ髪を引かれる思いで帰ってきたんですが、気になっていることって、向こうから近寄ってくるんだなあって、別な意味で感動したんです。ゾウを見に行ってロバに会えるなんて。

山 田 ロバって、なかなか鳴かないんです。それに、情報が少ないんです。『驢と騾』という本が唯一の研究書なんじゃないかなあ。
長谷川 え! その書名、ネットに紹介されていましたが、なんだかピンぼけ写真が1枚掲載されているだけで、なんだかよく分からなかった。
山 田 実は神保町で1日がかりでその本を見つけたんです。
長谷川 え!
山 田 今度持ってきますよ。お貸しします。

 そんなこんなのおしゃべりからさらに1週間後、その『驢と騾』が送られてきた。
Lorraine Travis著の『The Mule』といっしょに。

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          ↑『The Mule』

 実に久しぶりに辞書片手に『The Mule』をぱらぱら。馬やロバと暮らしていた著者トラビスが1976年にはじめてラバと出会い、ラバの賢さや能力に惚れ込んだ彼女自身の顛末記。欧州世界とはいっても、ラバもロバも知らない読者も多いのだろう、目次の前に言葉の定義が配されている。

 例えばこんな感じ。

Definitions(定義)
Mule=male donkey × female horse(ミュール=オスのロバ × メスのウマ)
Hinny=male horse × female donkey(ヒニィー=オスのウマ × メスのロバ)

 目次を引用すると、
1 What is a mule ?(ラバとはどんな動物?)
2 The mule in history(歴史の中のラバ)
3 Military use of the mule(ラバの軍役例)
4 Scientific aspects(ラバの進化相)
5 Mule ownership(ラバの飼い方)
6 The mule today-and tomorrow(ラバの現状と今後)

 以上のような内容です。

 入手の仕方からブリーディングの方法、ラバの進化とその歴史的な役割など、さすが家畜とともに暮らす生活を何世紀にも渡って続けてきたヨーロッパ世界向けの内容です。家畜との関わりが希薄な日本人にはここまで懇切丁寧な説明をされても消化不良になりそうで、第5章の「ラバの飼い方」をもっと克明に案内してくれた方が役立つのになあと、そんな気持になりました。そもそも日本には牛馬のブリーディングや去勢の技術が日常の暮らしからすっぽり抜け落ちていて、しかも歴史的に振り返ってみても、「血」を見るのは血判状に押すくらいで、家畜を犠牲として捧げたことがない精神世界を持つだけに、異種である馬と驢馬を掛け合わせて騾馬を創ろうなんて発想そのものがなかったんだから仕方がない。鋤や鍬や弓や刀など、道具への創意工夫、改良改革はあっても、牛馬は同じ働く仲間、けっして道具なんかじゃないという精神性が邪魔をして、江戸期まで改良改革の対象とは見つめなかった日本人が、明治に入ってやっと先進のヨーロッパにおける軍馬の必要性に気がつき、家畜を見直す外圧となり、『驢と騾』の研究が日の目を見たのではないだろうか。

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                    ↑『驢と騾』

 さて、その『驢と騾』。著者は陸軍技師で農学士の兼松滿造さん。昭和18年9月、東京・書肆「養賢堂」。
 内容を目次から見ると、以下のようになっています。
第1章 驢、騾の生物学的考察
第2章 驢の野生形態
第3章 驢と騾の分布
第4章 驢、騾の生産、改良
第5章 驢、騾の使役価値

 発行時期から見て、どこまでも「軍益に供する価値あり」とする陸軍への提案書のような内容で、『The Mule』の著者のようなフレンドリーな記述はどこを探しても出てこない。仕方のないこと。でも、滅多にお目にかかれない内容の本です。長くなりますが、内容について少し紹介させてください。
 面白いと思ったのは、驢馬と騾馬と馬の総数。
 萬國農事総計(International statistics of Agriculture,1937)によれば、として引用されていたデータは以下の通り。馬に比べ、驢馬も騾馬も結構な頭数がいたのが分かる。

馬  101,101,600頭
驢  34,129,000頭
騾  17,065,800頭

 この資料は国別の資料もつづけて掲載されていて、日本は154万頭の馬の頭数は出ているものの、驢馬と騾馬の頭数は把握できておらず、空欄のまま。
 ほう、結構な頭数がいたのだな、大半が農耕馬だったに違いないと思いつつ、いまでもこうした統計資料があるはずと、ネットで調べていたら、FAO(国連食料農業機関)の2006年度の世界統計に行き当たった。馬は世界で5,800万頭、日本は2万5000頭という数字だった。ちょうど70年が経過した時点で、地球規模で馬は半数、日本では1/70に激減していた。驢馬と騾馬は言うに及ばず。車の登録台数と比べたら、増減は見事な対比を見せるのだろうな。
by 2006awasaya | 2007-11-12 12:14 | 真剣!野良仕事


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