<   2006年 09月 ( 3 )   > この月の画像一覧

飛騨市の「きつね火まつり」報告

f0099060_17201087.jpg

↑白壁が続く瀬戸川沿いをすすむ「きつねの嫁入り」行列。花嫁さんは一般公募で、とてもかわいらしい飛騨古川の方でした。

幻想的な飛騨古川の「きつね火まつり」

 先週末の9/23-25と、岐阜県飛騨市に行ってきました。平成16年2月の市町村合併で古川町、河合村、宮川村、神岡町が合併して飛騨市となった新しい市です。今年で12回目になる『きつね火まつり』取材のため。
 秋ともなると朝霧が立ち籠める飛騨古川の町は、すぐ南に位置する飛騨高山のくらべれば規模も小さな昔町ですが、小さいだけに趣きも凝縮されているようで、旅慣れた方のリピーターが多いようでした。祭りは宮川支流の荒城川から引いた疎水・瀬戸川沿い一帯を会場とする規模の、市をあげての大きな祭りです。
 きつね火を思わせる篝火が瀬戸川沿いに灯ると、きつね火まつりはいよいよスタートです。夕闇が迫る17時半、三寺まいりで知られる円光寺、本光寺、真宗寺をスタートし、飛騨古川まつり会館前の広場に集合。そこから瀬戸川沿いを静々と歩き、メイン会場の増島城跡公園グラウンドへと向かいます。瀬戸川沿いに灯る灯りの中、きつねの嫁入り行列が厳かに通っていく。
 実に幻想的な気配で、観光客を魅了していました。
 夢か現か。秋の夜長の幻想的な不思議世界は、きつねの花嫁・花婿募集から式次第、会場手配から運営まで町の商工会青年部がすべて仕切っている若やいだ祭りで、昼前からきつねのメークをほどこした若者があちこちに。
 カメラマンの素敵な写真は来年用にとっておくとして、シロートデジカメ写真でまずは気分だけでも味わってみてください。
by 2006awasaya | 2006-09-26 15:00 | 行ってきました報告

【真剣!野良仕事】[12=飯島さんの夢]

f0099060_20592023.jpg

↑「さあ、これからバーベキューパーティーの支度だ」と、ブロッコリー定植を終えて、パーティー会場へと集まってきた面々。ご苦労様でした。お疲れさまでした。ところで、ブロッコリー定植とは、発芽したブロッコリーの苗を、機械と手作業で畑の畝に植え替える作業のこと。苗を植える機械はその仕組みが極めて面白いので、別な機会に写真付きで説明したいと思います。
f0099060_20595851.jpg

↑まだ日のあるうちに焼き始めたバーベキュー。このあと、まさしく釣瓶落としのスピードで初秋の日は暮れていくのでした。

田舎の学校にコンタクト

 飯島農園での「田舎の学校」のバーベキューパーティーに顔を出させていただきました。
 畑ではよく顔を会わせるメンバーの方々と野菜のこと、畑のこと、農作業のこと、日照不足だったこの夏のことなど、いろいろおしゃべりをしたいと思っていても、お名前が分からないとなかなかお話しするキッカケがつかめません。

「そりゃあ、おかしいよ。名前を知らなくても、畑という共通のフィールドで体を動かしているんだから、そんなに肩肘張る必要もないだろうし、気軽に声かけしたらいいんじゃない」と妻も言うのですが、どうにも臆病なのか、引いてしまうんです。しかも、こちらから無駄なおしゃべりを仕掛けて、折角集中して作業をしているその腰を折ってしまわないか、と。
「自意識過剰、その一言につきる!」と、一刀両断の妻の言。

 でも、そうは言っても、しっかりと名前を呼んで、それから相手の眼を見て、おしゃべりしても大丈夫、時間はたっぷりある、話も腰も折らない、そんなことが気分的にも確認できて、それからおしゃべりに移る。ちょっと大袈裟ですが、こちらからしゃべりかけるときには、そのような手順を踏んでおしゃべりしていました。
「それなら自分から先に名乗って、それから話をすればいいんじゃないの」と、ますますキツくなる妻の口調。

 それなら、こうか。
「えーと、あのですね、ボク、長谷川って言うんですが、いま、しゃべりかけていいですか。もしお邪魔でしたら切り上げますが、おイヤじゃなかったら、ええと、ええ、そうそう、モロヘイヤがズンズン枝を延ばしてもう凄い勢い、はい、ええ、いえいえ、そうじゃなく」
「なによ、それ、もっとフツーにできないの」
 こんな夫婦のふつうの会話があって、でも、フツーのおしゃべりが畑ではできなかったのです。
 これって多分に性格的なものもあるのでしょうね。
 そこで、飯島さんに、田舎の学校のメンバーの方々に、農作業以外の場でおしゃべりする機会をいただけないでしょうかとお願いしたのです。それが意外に早く実現したのです。

お誘いコール

「今週末に田舎の学校のメンバーでバーベキューをやるんですが、長谷川さん、参加しませんか」と。
 もちろん、ニコニコ顔で参加しますと申し上げました。
 さて、当日の夕方。
 炭がおこされ、テーブルの支度も済んで、乾杯の唱和を済ませ、バーベキューパーティーが始まった直後に、主宰者の飯島さんからメンバーに向けてのこんな挨拶がありました。
 きちんと記録を取ったわけではないのですが、だいたい、こんな内容でした。もしも、内容に誤りがあっても、それはここに記入した長谷川の文責。責めはもっぱら長谷川にありますので、あらかじめご了承ください。
 で、内容はこんな感じでした。
「この田舎の学校でお付き合いをはじめさせていただいくそもそものキッカケは、実は私にこんな悩みがあったからなんです。日本全体が抱えている共通の悩みでもあるんです。すなわち高齢化。寄せくるこの高波をこのあたりの農家もほぼ全部、かぶっているんです。農家の後継者がほんとうにいないんです。私自身もそうですが、確実に歳を取る。10年後にどうなるか。畑がどんどん空いていく。農家の現況は後継者不足、そして結果として畑がどんどん空いていく」

ちょっぴり重い話題

 飯島さんは結構通りのいい声をしているんです。がっしりとした体格ですし。その飯島さんが開口一番、そんなちょっぴり重い話題をしゃべり出した。
 テーブルを囲んで座るメンバーも、乾杯の音頭で「やあやあ、お疲れさま」のかけ声が終われば、ぐいっと一杯、まずはビール、ぐっと一息、ビールでノドを潤してということになるんだろうと予測していたんでしょうが、その予測はちょっぴりはずれ、あれって顔で飯島さんを注視している。みんながみんなそんな顔でいた訳ではありませんが、ボクにはこのメンバーの様子が伺い知れるようで、釣瓶落としの秋の夕暮れといわれる急激に弱まっていく光の中で、飯島さんの話の先を待っていました。
「畑も空いているけど、田んぼもほんとうに大変なことになっているんです。日本全国のお米の生産者の80%以上が60歳以上という高齢なんです。日本の食料自給率を見てみると、お米はほぼ100%、野菜は85%という数字が出ているんですが、もう10年もするとどうなるかわからない。いまは中国から安い農産物が入ってきて、国産との価格面での軋轢などがあり、生産者としてはどんなもんだろうと悩みの種ですが、その中国でも農業人口の減少とか農村から都市への人口移動とか、様々な要因から中国の国内消費を優先するようになるだろうし、もう10年もすると輸出どころではなくなるはず、大豆はもうすでにアメリカから輸入するまでになってきている。農産物を輸入に頼っている日本の今後10年を考えると、暗澹たる気持になります」

その先にある夢

 さて、飯島さんの真意は何だろうか。ボクも、「で、その先は」という顔で飯島さんを見つめてしまった。もうすっかり闇が濃くなってきている。焼き肉の焼き加減が見えないと言うことで、電球を一灯引いてきたが、それがここに集う顔を照らす唯一の光。
「農業従事者の高齢化、食料自給率の低下、そんな状況にあって、空いていく畑が増えていく。その空いていく畑をどんな形で残していくのか、どのように畑として活用し、健全な畑の姿として残していったらいいのか、これが私の積年の悩みというか課題なんです。で、私が田舎の学校に関わりを持たせていただいて3年目ですが、この関わりの中で、なんとかいま言った課題なり悩みを解消する方策をつかみたい、そんな思いでやっているんです。私が願うのは、この田舎の学校で皆さんは農業の実際を学び、私は空いた農地を農家からまかせられるように実績を重ねていければいいと、そんな風に考えているんです」
 そう言うことを言いたかったのか。
 これは生き甲斐対策にも似た行政レベルのフューチャープランニングかもしれない。あるいはnpo法人レベルの『今後10年の美しき日本』プロジェクトか。
 おっしゃる通りという顔。
 同意したという顔。
 先刻承知、任せておきなさいという顔。
 微妙に温度差のある顔が裸電球に照らされている。
「そのためには、やはり農業で収益というか収入をしっかりと得られるようにしないといけないと思うんです。その試しとして、9月に入った最初にブロッコリーをシーダー農法でやりましたが、この無農薬ブロッコリー栽培を通して、しっかりとした売り上げと、売り上げの分配をしたい。今回はそのチャレンジでもあるんです。こうしたチャレンジを通して、この田舎の学校で学んだ皆さんが農業のプロとして育ち、空いていく畑をどんどん耕していければ、結果として船橋という地域に貢献できるのではないか、そんなことを考えているんです。東京にある会社に勤めていた元気なリタイヤ組がこの千葉県船橋市にはたくさんいるんだと思うんです。船橋で老後、働けるのに働かずに暮らしていくのはなんとも勿体ない。若年のフリーターも場合によっては参加できる配慮があっていい。船橋の農家がまだ元気なうちに、そういう農業後継者が育っていけるような道、畑を空けずにバトンタッチもできるだろうし、そうなったら、これは面白そうなプランだなと。いやあ、堅苦しい話になってしまいましたが、そんなつもりでこの田舎の学校をやっていますので、皆さん、どうかひとつよろしくお願いします」
 いい話でした。
 ほどよい堅さの挨拶でした。

初秋の夜は更けて

 ボクら団塊の世代と呼ばれる人間は、個人の夢は個人レベルで追うもので、人様を巻き込むことはルールに反する! ルールとはなんとも大袈裟ですが、とにかくそんな個人主義的な意識が強いので、何かの折に、「え、そんなスゲーことをなさっているんですか」と驚くことが多々あり、そのサプライズが面白くて同年代の方とおしゃべりするのが好きという傾向も自分に見いだすのですが、それとは別に、少し大仰な物言いですが、共同歩調を取りながらみんなで合意した目標なりに整然と進んでいきたいという「日の丸ハチマキ、きりりと締めて」の気分もなくはなく、「そうか、飯島さんの考えている田舎の学校の理念の一つに、そんなことが掲げられていたのか。それで飯島さんの夢の実現にわずかでも寄与できるんなら、協力を惜しむものではない!」というヤル気が、わずか一灯の裸電球に照らされたメンバーの顔に、チカリと灯ったように見えました。
 その後は、まあ一杯、いえいえ、お疲れさま、そんなふつうの挨拶が交わされて、肉も野菜も大きなアユも、みな気分よく、おいしく焼き上がって、虫の音も一層耳骨を撃ち始め、初秋の夜は更けていき、ああ満腹満腹の腹鼓を潮時に、「それでは明日のブロッコリー定植作業もまだ少し残していますから、このあたりで切り上げましょうか」の、飯島さんの発声で撤収。

 畑ではよく顔を会わせるメンバーの方々に、お名前を存じ上げていないと言う理由で、なかなかおしゃべりができずにいましたが、このパーティーに参加させていただいたお蔭で、今後はお名前を呼んでおしゃべりができるぞと、ウキウキしながら引き上げてきました。
 みなさん、今後ともよろしくお願いいたします。まずはお礼まで。(hasegawa tomoaki)
f0099060_2162881.jpg

↑メンバーの方からの差し入れの漬け物。ダイコンとキューリとニンジンと、それに薄く切ったカボチャに、香り付けとして紫蘇の葉を加え、朝漬けの素で軽く漬けたもの。ちょうどお箸でつまんでいるのがカボチャ。このカボチャは煮ると溶けてしまうタイプのカボチャで、『煮て食べられないなら、漬けてみようか』という発想で漬け物にしたのだとか。シャキシャキした歯触りがカボチャのイメージからほど遠く、この夜の晩餐メンバーには大評判だった。
f0099060_217562.jpg

↑この一球の電灯の下に広げられた飯島さんの夢。写真で見ると、ボクの子供の頃の町内会の催し風景を思い出す。輪の中心には青年団のお兄さんがいて、いやに光る眼でぼくら子供を見据えていたような気がする。その脇には飲んだくれのおじさんが崩れるように地べたに座り、さらにその脇に町内会の世話役のおばさんが、ますます崩れかかる酔っぱらいの体を支えていた。アセチレンの匂いがこの9/16のバーベキューパーティーになかったのがなんとも残念。

飯島さんからの追伸
バーベキューは皆さんをいっそう、畑に近づけたように思いました。
翌日曜日には、計画をほぼ達成する定植をおこなえました。ちなみに無農薬栽培のブロッコリーづくりの勉強を兼ねた、収入ある栽培作業です。より実践的な農業実習というところでしょうか。
肉をたくさん用意していたのですが、メンバーの一人から「年齢層からいって肉はほどほどだよ、魚だよ」と気遣ってのアユの差し入れでした。肉がたくさん余り、私は次の日も有り余る肉のバーベキュー。
ご夫婦で参加されている方の奥様が作ってくれたカボチャの漬け物はおいしく、その発想にもおいしさを感じました。煮ては水っぽくておいしくないカボチャも、こうして食べると食感もバツグン。
次回のバーベキューは、オホン、釣りが大好きな私に天然ワラサが釣れた時を考えています。
とにもかくにも、お日様が少ない夏でした。水の心配もない夏でした。いっぱいだったのは虫でした。
とくにカメムシ(ヘッピリムシ、ヘコキムシ)が。
時々異常発生し、枝豆を全滅させたことがありましたが、いままでの記録を超えた異常発生でした。夏が遅くまで居残っているので、まだ被害が出ています。
無農薬での栽培に挑んで、くじけることなく、大自然に抱かれる。そんな悦びや楽しむ心が保てたらすばらしいと思います。
そこから偉大な力が湧いてきますよ。
by 2006awasaya | 2006-09-20 21:26 | 真剣!野良仕事

【真剣!野良仕事】(11=秋冬野菜の栽培準備!)

f0099060_19485894.jpg

↑胡麻はいまが花盛り。花をつけているこの胡麻はいま現在、大人の肩くらいまで育っています。写真の胡麻は虫に食われていませんが、別の畝の胡麻は葉っぱがすっかり食い尽くされていました。「いも虫みたいな蛾の幼虫、ヤトウムシ、漢字で書くと夜盗虫と書き、文字どおり夜盗のように夜のうちに土の中から這い出してきて、美味しい双葉をむしゃむしゃ。ですから見つけたら取り除かないといけません」と飯島さん。「また、この花をいつまでも着けておくと、胡麻はもっともっと自分が成長を続けていいものだと判断するので、なかなか実を結ばなくなります。このくらいの背丈になったら花を摘んでおきます。また、いつまでもこのままにしておくと、サヤから実がはじけて、折角の胡麻がこぼれてしまいます。なにごとも時期を見て収穫してあげましょうね」。そんな注意をいただきました。
f0099060_19495432.jpg

↑輝く銀線入りの覆いネット。ネットの中ではブロッコリーが発芽し、成長中。整然と等間隔で発育しているので、どれが雑草か、どれがブロッコリーかすぐに判る。


栽培計画が発表

 快晴の土曜日、飯島さんから、秋冬の栽培計画が発表になりました。
 畑で草取りや収穫をしている仲間たち10名ほどに向かって飯島さんが声をかけます。
「はーい、みなさん集まってください! 今日は秋冬の栽培計画について説明したいと思います。プリントを作りましたから、各自、一部ずつとって、それに目を通しながら話を聞いてください」
 なんだか新学期が始まって、担任の先生から前学期の反省とそれに基く今学期の方針を神妙な面持ちで聞き入っている小学生のようでした。

「えー、白菜とホウレンソウ、縮みホウレンソウ、小松菜、ダイコン、タマネギ、そんなところをやっていこうと思います。このほかに何か作りたいものがあればおっしゃってください。今後のスケジュールはプリントの『栽培目安表』に書いた通りに進んでいければいいと思います」。
 そんな前振りで畑の勉強が始まりました。

 説明を受けるメンバーは、真剣に就農を考えている方々のグループ『畑の学校』のメンバーも多く、ボクのような「味菜畑のオーナー制度」(真剣!野良仕事「2=味菜畑へ」参照)だけに加入して野良仕事を楽しんでいる方はごくわずか。故に飯島さんの説明を聞く姿も真剣そのもの。

 ボクは生憎、仕事の都合で岩手県に行っていた先々週の週末、『畑の学校』のメンバーはブロッコリーの栽培に着手して、種蒔きはもう済ませていました。
 ところで、どのようにブロッコリーの植え付けをして、どのような状態になっているか。そのあたりをちょっとだけ報告しておきます。

「このトンネル型のかまぼこ状の覆いにきらきら輝く線というかラインが入っていますが、これって何なんでしょうか」
 そんなことを問いかけたのが、ブロッコリーの植え付けの様子を聞いた発端だったのです。

シーダー農法

 そのメンバーの一人から立ち話程度に聞いたお話では、以下のようなものでした。
「先週、ブロッコリーの種蒔きを済ませたところです。そのときにこのネットで覆ったんです。なんでも、この輝く銀線が虫除けになるそうなんですが、薬を撒くよりも良さそうですよね」
「ああ、そうなんですか。このきらりと光る光線が虫にとっては殺人光線のような役割をしてるんでしょうかね。それはそうと、随分ときれいに蒔かれていますね。種を蒔いたラインが曲がったりしていなくて、真っ直ぐですけど、あらかじめ種を蒔く位置に線を引いて、そこに種を蒔いていったんですか」
「そうか、植え付けの実際を見ているわけではないんでしたね。実際には種蒔きと言っても、種を手で蒔いたりしたわけではないんです。種をくっつけたテープを畝に貼っていったと言ったらいいでしょうか。種をくっつけたテープのことをシーダーテープっていうんですが、ところで、シーダー農法って知ってますか」
「いえ、いまはじめて聞く言葉です」

 こんな会話があって、シーダー農法についてのおしゃべりが始まったのです。

 シーダー農法ってどんな農法かというと、要するに畑の作業で何が重要かというと、種蒔き作業が重要なんですね。正確な間隔でマルチシートに等間隔で開いている穴に、種を4〜5粒、蒔いてから軽く土を被せますが、指先の仕事ですから、種が細かいと4〜5粒が7〜8粒になったり、逆に2〜3粒になったりして、種そのものが高価だったりすると大変に不経済。人情としてつい多めに蒔いてしまって、のちのち間引く本数が多くなる訳ですが、そんなことを考えあわせると、種蒔きの段階から正確な間隔で正確な種数を蒔くことが大切になってきます。とくに広大な面積に種を蒔くとなると、塵も積もればの喩えどおり、思わぬロスになるし、その後の間引き量も増えることになる。

 そこで、種蒔きやその後の作業のことを考えると、一番はじめの種蒔き作業の仕方によってほぼ決定されるので、シーダー農法は手蒔きでは出来ないほぼ理想的な種蒔き方法なのだそうです。

 水溶性のテープに、種子を貼り付け、無駄なく一粒一粒、成長した時点を想定して株間の間隔、種の粒数を正確に貼付け、テープに巻きとっていくそうです。この種子が貼り込まれたテープを「シーダーテープ」と呼んでいますが、種子間隔が一定間隔に保たれているので、その後の農作業は非常に省力化されるということでした。

ダイコンと白菜

 さて、目先を我が畝に移し替えます。
 ヤンマーのトラクターにうち跨がって畝を鋤き起こします。たちまちにしてふかふかベッドのような畝が出来上がり。まったく、鋤や鍬などの農具を振り下ろすというシーンが、最近の畑では見かけなくなったものです。だって、こんな便利な農機具があるんですもの。

 トラクターを一旦別な場所に移し、こんどはマルチシート専用の手押しバイクのような発動機付き農機具を転がしてきました。その先端に、直径20センチほどの筒状のマルチビニールシートがセットされています。互い違いに4穴があいた透明のマルチビニールシートを、このバイクのような農機具をバックさせながら、ふかふかの畝に被せていきます。

 この作業も実ははじめての見聞で、飯島さんの指示を待ちます。
「それじゃあ、作業開始しましょうか。マルチの端っこを押さえてくれますか」
 その指示に従って、マルチシートの一端を押さえると、
「じゃあ、はじめますよ」
 農機具の先端にセットしたマルチビニールシートを引き出しつつ、バックさせながら作業を進めていきます。マルチシートの両脇を押さえ、押さえた部分に土を寄せながら、まるでベテランのホテルマンが無駄な動きを見せずに素早く丁寧にベッドメイクをするような案配で、この作業は進んでいきます。畝の向こうの端まで来たら、カッターナイフでマルチシートをサクッとカットし、端の始末をしてこの作業は終わり。
 
 1列4穴のマルチを敷き終わり、さて、種蒔き開始。
 4列あるうちの、西の列には白菜を、1列置いて東2列にはダイコンの種を植えました。白菜は「黄ごころ85」という品種で、種の大きさは直径0.5mmくらい。ダイコンの種は直径1mmくらいの大きさで、「干し理想」(漬物用のダイコンとかで、漬物にするとほんとうにおいしいらしい)、「青首ダイコン」、「おふくろダイコン」(三浦ダイコンで、煮物にするとおいしいとか)の3種に挑戦。

 来来週は白菜、ダイコンともに発芽して後、間引き作業をし、途中、除草をしながら白菜は10月下旬から12月にかけて、ダイコンは10月下旬から12月にかけて収穫となる予定。ああ、ワクワクする。(hasegawa tomoaki)
f0099060_19502638.jpg

↑マルチビニールシートで畝を覆う作業中の飯島さん。シートの両脇についている円盤状のプレートがシート両端に土を寄せる動作をする。この作業を人の手でこなすとすると、結構な重労働。肉体を酷使する作業は農家でも極力機械が受け持っている。これは漁業でも同じ。生産のあらゆる場面でロボットの進出が顕著。
f0099060_19505447.jpg

↑左から白菜、漬物用ダイコン、青首ダイコン、おふくろダイコンの種。
f0099060_1951219.jpg

↑左側のこんもりした樹叢が収穫前のモロヘイヤ。中央の4穴マルチビニールシートの左一列に白菜(1穴に4〜5粒)を、一列置いて右2列にダイコン(1穴に3〜4粒)を蒔いた畝。
by 2006awasaya | 2006-09-04 20:02 | 真剣!野良仕事