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【真剣!野良仕事】[22=ほっかむりの真実]

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↑11/11、多古町に行った帰り、越冬キャベツの苗を植えてきました。正月が明けてからいただく予定です。
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↑11/11、同じく越冬キャベツの隣りに植えてきたスナックエンドウ。こちらもお正月過ぎのお楽しみ。
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↑11/11、みごとに成長した青首ダイコン。土を洗って、いつものように、助手席に。「大切なものは母の手から」なんていう慣用句がありますが、ボクの大切は助手席に。


『さと屋(砂糖屋)の前』後日譚

 『さと屋(砂糖屋)の前をほっかぶりして通ってつくった味噌ピーナツだ』

 結局、このたとえ話がよく分からないまま、勝手に独り合点をしていたんですが、どうにも得心できず、クドいとは知りつつも飯島さんに問い合わせをしてみました。

長谷川 シマさんがおっしゃっていたと言うたとえ話、『さと屋(砂糖屋)の前をほっかぶりして通ってつくった味噌ピーナツだ』というあの話、実はどうにも意味がつかめずにいるんですが、ほんとうのところ、どんな意味なんでしょうか?
飯島 どんな意味って? 
長谷川 たとえば、こんな意味なんでしょうか。砂糖屋さんは他にも何軒もあるし、お宅でばかり買い求めているわけじゃない。今回はよそさんで買い求めた砂糖を、ほんとにたくさん使って作ったので、結構おいしいのが出来たんですよ。それで今回に限り、お宅で買い求めた砂糖を使った訳ではないので、それでバツも悪いし、美味しくできた顔が分からないように、ほっかむりしてお宅の前を通り過ぎますが、そんな理由ですので、お許しください。というようなことでしょうか。どうにもこうにも、ほっかむりする理由がいまひとつ、分からないんです。
飯島 ああ、そういうこと。
長谷川 ええ。
飯島 そうですか。多分、意味は正反対だと思いますよ、シマが言ったのは。今回作った味噌ピーナツの味が今ひとつだって言ってましたから。それはどうしてって聞き返したら、いつもより砂糖の分量が少なかったからで、その砂糖の分量が少なかったことを、あのたとえ話で分かってもらえるだろうと考えて、シマは昔を思い返しながら、そう付け加えて意味を補強したんだと思いますわ。
長谷川 えっ!砂糖の分量が少なかったってことなんですか。
飯島 ええ、そのとおり。砂糖の分量が少なかった。
長谷川 砂糖の分量が少なかったことが、どうしてほっかむりをして砂糖屋の前を通ることになるんでしょう。「ほっかむり」は「挨拶をしない」、あるいは「挨拶がしたくない」という意味だとして、どうしてなんでしょうね。
飯島 シマの世代は砂糖は高価な甘味料ですわ。大量に使うなんてことも出来なかっただろうし、第一、大量にストックしておくなんてことも出来なかったでしょうね。小さな砂糖ツボはいつもいつもカラだったに違いない。できることなら砂糖ツボを持って砂糖屋に買いに走りたい。お金に余裕があれば、砂糖ツボがいっぱいになるところまで大量に買い込みたい。味付けも砂糖を存分に、ふんだんに使っておいしい料理を子供たちに作ってあげたい。でも、いつもいつも砂糖ツボはカラに近かった。
長谷川 砂糖が高価な時代の話だったんですか。
飯島 だと思いますわ。味噌ピーナツは作ったけど、思い通りに砂糖を使うことができなかった。それでちょっぴり恥ずかしくもあって、砂糖屋の前を、顔を隠すように、なにも隠す必要もない訳ですが、ほっかむりして通り過ぎていく。そんなことが昔はあったんだと思いますわ。それで、今回作った味噌ピーナツは砂糖が若干少なめで、思ったよりも美味しくできなかった。それで昔の喩え話を引き出してきたんだと思います。まあ、回りくどい話ですが、そんなところで勘弁いただけますか。
長谷川 藤沢周平さんが書く海坂藩下級武士の清貧な暮らしのひとこまみたいなエピソードですね。

 いやはや、まったく驚いた。
 この伝でいくと、ボクは今後、妻のヨコを通る時に備えて、ほっかむり用の手ぬぐいを腰に下げて歩かねばなるまい。夫婦の会話に思いやりと甘さが足りないんじゃないのと指摘されているので。いやはや。(hasegawa tomoaki)
by 2006awasaya | 2006-11-28 23:37 | 真剣!野良仕事

【真剣!野良仕事】[21=シマさん流ピーナツ味噌の作り方]

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↑シマさんお手製のピーナツ味噌です。市販のピーナツ味噌は味噌の方が多く、その味噌もねっとりしているのですが、こちらはピーナツの方が断然多く、しかも、ピーナツがカリッとして実に香ばしい仕上がりになっています。味噌の甘みもほどほどで、ご飯がすすみます。お茶請けにもおしゃれです。飯島さんが「うちのピーナツ味噌はうまいんです」と自讃したくなるのも分かります。おいしい!
このピーナツ味噌には飯島さんの伝言が添えられていました。「シマが自家用に作りました。ほんの少しですが、お裾分けを。 『さと屋(砂糖屋)の前をほっかぶりして通ってつくった味噌ピーナツだ』と言っていました。『昔の人はよくそう言ってたもんだ』とつけくわえていました」。ほんとうにご馳走様でした。

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↑畑のすぐ近くにあるビニールハウスに広げられた落花生。シマさんが植えて、引き抜いて、殻をはずし、それからゴザに広げて乾燥中の落花生。凄い量です。
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↑こちらは生まれてはじめて作ったボクの落花生。畝から引き抜いたときに、プチプチとヒモが切れてしまい、土中に残ってしまった落花生を、潮干狩りよろしく両手を熊手状にして土を浚い直して拾い集めた落花生。実際にはボッチにして畑のスミに積み重ね、2週間乾燥させ、改めて落花生をはずしたら、この拾い集めた量の2倍の収量があった。その分はまだ乾燥中。

音が決めてのシマさん流ピーナツ味噌

 掘りたての生ラッカを乾燥させる前に、殻ごと塩茹でにして味わいました。生まれてはじめて食べた味で、おいしくいただきました。乾燥したピーナッツは口に含んでポリポリですが、塩茹で生ラッカは湿気った厚焼き煎餅のような頼りない食感にもかかわらず、結構あとを引く味わいで、その塩茹で写真は[14=アフタヌーンティー in 落花生畑]で紹介したとおりですが、さて、一般に売られているようなポリポリ落花生=ピーナツに加工するには、結構難易度の高いテクニックが必要なんだそうです。
 飯島さんに教えてもらった説明を聞く限り、どうにも難しそう。コーヒー豆を焙煎するような細心の技術が要求されているようで、これはどうにもできなさそうということが分かりました。
「家庭でピーナツにする場合、火加減が難しいでしょうね。よーく天日で乾燥させて、殻を振るとカラカラと乾いた音がするくらいに乾燥させます。そのカラカラの殻をはずしたら、落花生をフライパンで炙りますが、すぐにこげちゃう。その火加減、なんて説明したらいいのか。うーん、二度三度と焦がして失敗してみないと一発でうまくできる訳がないなあ。フライパンの大きさや厚さにもよるし、うーん、説明するの、むつかしいな」

 それで、仕方なしに、ローストしないで収穫した落花生をおいしくいただく方法として「ピーナツ味噌」の作り方をシマさんに教えてもらいました。

 シマさんがちょうど生け垣の掃除をしていたので、例によって例のような聞き方で教えを乞いました。

長谷川 どうもご無沙汰しております。なんだか朝晩、急に冷え込んできましたね。お体、気を付けてください。ところで、1週間前に畑で収穫した落花生を天日で干し、振るとカラカラ音がするまでに乾燥したので、これでピーナツ味噌を作ろうと思っているんですが、あのー、作り方、教えていただけないでしょうか。
シマ ああ、落花生、できたんですか。それはよかった。えーと、乾燥も済んだ? それじゃあ、殻を割って、フライパンに渋皮が付いたままの落花生を適当に入れて、お砂糖とお味噌を等量入れるんです。火は弱火。ピチピチと音がし出します。その音がしなくなったら出来上がりです。お酒を少し入れるの、忘れないでください。最後にゴマを振ります。そうすると、とってもいい味になるんです。
長谷川 フライパンに適量って、たとえばどれくらいでしょうか。いつもシマさんがお作りになるのはどれくらいの分量なんでしょうか。
シマ そうねえ、この手で二つかみくらいかしら。
長谷川 落花生が二つかみだとすると、お砂糖とお味噌はどれほどでしょうか。
シマ 大さじ2杯ってとこかしら。
長谷川 味噌はどんな味噌でもいいんでしょうか。
シマ ええ、いつもお味噌汁にしている味噌でいいです。うちは自家製の味噌ですが。
長谷川 ピチピチと音がして、やがて音がしなくなるのって、だいたい何分くらいでしょうか。
シマ さあ、4〜5分てとこじゃないでしょうかねえ。音がしなくなる前にお酒を少々、ね。お酒を加えると、冷めても硬くならないの。ゴマは白ごまでも黒ごまでもどちらでもいいんですよ。

 そういえば、妻の実家はピーナツ味噌が大好きだったんだ。さあ、収穫した落花生全部、ピーナツ味噌にして、酉年を締めくくる御歳暮代わりにしよう。
(hasegawa tomoaki)
by 2006awasaya | 2006-11-19 23:12 | 真剣!野良仕事

【真剣!野良仕事】[20=多古町BRAぶら]

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↑こんな案内看板に誘われて里山を歩いてめぐるのです。行く先々においしいものが待ち構えているんです。
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↑佐藤なかさんちの行事料理。縁側にずらり並んだ行事料理を摘みながらカシャカシャとデジカメで撮ってきました。そのずらりを一気に公開。その1=漬け物。
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↑佐藤なかさんちの行事料理。その2=ゆずの香りがきいた膾。
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↑佐藤なかさんちの行事料理。その3=サトイモの煮物。ヌメリといいホクホク加減といい、とても上品なお味でした
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↑佐藤なかさんちの行事料理。その4=ニンジンとゴボウのきんぴら。これも人気でした。
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↑佐藤なかさんちの行事料理。その5=これ、食べませんでした。ごまめのような、すいません。好き嫌いでチョイスしてしまって。
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↑佐藤なかさんちの行事料理。その6=レンコンの酢の物。さくさくぶりがさわやかでした。
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↑佐藤なかさんちの行事料理。その7=ニンジンの煮物。分厚に切ってくれているので、素材の味がみな、生き生きしていました。
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↑高橋文江さんちの、絶品「ヤマトイモのきんとん」。見た目では到底判断できないほっくりした甘さ。もう、これは食後のデザートです。


美しい里山で食べ歩く

 千葉県多古町の「BRAぶら しんのみまつり」に行ってきました。先週11月11日(土)。そもそも、この祭りについてはほどんど知りませんでしたが、こんな経緯で行くことになったのです。

長谷川 生産者は野菜や果物やお米を作っていればいいという真摯な姿勢も頼もしいでしょうが、時には自分達が働いている畑の様子や働く姿を消費者に見てもらうことも必要じゃないでしょうか。船橋農産物供給センターの企画で、野菜づくりの現場見学を兼ねたワンデイ日帰りミニ旅行を企画しませんか。
飯島 いやあ、ちょうど同じような発想の企画が多古町でやってるんで、行ってみませんか。「BRAぶら しんのみまつり」っていうんです。イタリアのブラっていう農村で生産者が消費者を受け入れながら農村観光を実践している町があって、スローフード・スローライフ発祥の地なんて紹介のされ方をしているトリノ近郊の町なんです。世界的に有名な町なんです。その町の考え方を多古町が導入してもう何年になるでしょうか。多古町のこと、知りませんでしたか。ちょうどいい、僕のところに多古町から招待券が来ているので、一枚差し上げますわ。一緒に行きませんか。

 こんな会話があって、それで加古町まで行ってきたんです。でも、ボク、多古町がどこにあるのか、ぜんぜん知らなかったので、さっそく多古町のことを、多古町旬の味産直センターで調べてみました。
 成田空港の東に位置する農村で、「おいしいお米は市場に出回らない」という法則を地でいく「多古米」で有名なんだそうです。なんでも、昭和38年に昭和天皇の献上米に選ばれ、昭和46年には札幌で行なわれた「全国自主米品評会」において、食味日本一に輝いたんだそうです。ああ、そんなうまいお米なら、ぜひにも食べてみたい。

 それから1週間。長閑な農村で繰り広げられる「BRAぶら しんのみまつり」に出かける当日の朝、船橋は嵐の前の無気味な空模様。出掛けるのがためらわれる真っ黒な雲が全天を覆っていて、なんだか雷鳴が遠くで聞こえます。いやな空模様だなあと、運転をしながらスピードを抑え気味に車を走らせました。飯島農園の集会所もかねる好人舎に8時集合ということだったのですが、到着した時には雷鳴が真上まで来ていて、大粒の雨粒もぱらぱら。天気予報によると午後から雨ということでしたが、予定より早く雨雲の到着。という間に雨脚が激しくなってきました。キース・ジャレットのバッハの平均率を雷鳴に負けないくらい音量を上げながら車の中で待っていると、そこへ雨具をかぶった飯島さんが走ってきて、「雨対策を畑に施してから多古町に出かけることにします。出発時間は遅れますが、お許しを」と告げ、慌ただしく軽トラを走らせていずこへ。
 20分程経ったでしょうか、雷鳴轟く中での作業を終え、戻ってきた飯島さんの開口一番の台詞が振るっていましたので、再現します。

飯島 いやあ、すごい雨でしたね。出掛けにシマからこんなことを言われましてね。「朝の雨と女の腕まくりは恐れるな」と。
長谷川 雨と女がどうしましたか。
飯島 いえいえ、朝の雨と女の腕まくりです。朝の雨が丸一日続くわけがないってことなのか、それは良く分かりませんが、要するに恐れるには及ばないから、予定を変更せずにしっかり仕事、しなさいよってことなんでしょうな。
長谷川 おお、そんな見切った表現があるんですか。腰の据わった凄い台詞ですね。さすがにシマさん。

 ちょっぴりはしゃいだ、そんなおしゃべりをしながらのドライブでした。

 千葉北から東関道に乗って大栄で下り、多古町へ。1時間ちょっとで指定の駐車場。雨は降っておらず、よかった、よかったと胸を撫で下ろし集合場所へ向かう途中、太い青竹をカットした飲みもの容器の竹筒が手渡される。濁酒なんかが振る舞われたら、車の運転だからって断らなくてはいけないし、ああ、困ったな。と思いつつ、隣りを歩く飯島さんを伺うと、なんだか嬉しそう。飯島さんは今回は助手席の人なので、飲める人。ああ、悔しい! そんなウキウキした気分で廃校になった小学校の校庭へ。

 受付を兼ねたまつりの会場。参加費大人1500円、小中1000円、3歳以下500円、乳児100円。ボクと飯島さんは招待券がある。この受付で、まつりに協力してくれる農家9軒をめぐるmapとタッパウエアとお箸をいただきます。何が食べられるのか、もうワクワク。会場にはおよそ200名前後(数えた訳ではありませんので悪しからず)の参加者もなにやら嬉しそう。主催者の挨拶があり、五月雨式に指定された農家へmapを見ながら移動開始。

 mapには農家のお名前と供される得意料理名が記されていて、例えば会場から時計回りに、平山政勝さんちでは赤米で作った甘酒、佐藤なかさんちでは行事料理、藤崎和久さんちでは旬な野菜のいろいろテンプラ、高橋まき子さんちでは芋あんのなつかしい田舎まんじゅう、高橋文江さんちではお花のハウスの中でおこわとヤマトイモのキントンなどのふるさと料理、佐藤久子さんちではお抹茶接待と野菜の煮物、神社境内では味の沁みたおでんとほかほかお赤飯、堀仁さんちでは樽酒、佐藤さち子さんちではみたらしだんごという具合に、みな心をこめて作ってくれた振る舞い料理で接待してくれるのです。そのために汁ものには竹筒、お赤飯や野菜の煮物などをいただくときにはタッパウエアが役に立つって訳です。

 参加者は中年の女性、いわゆる「おばさん」が多く、大口を開けてむしゃむしゃ、美味しいと「めちゃ、おいしいわあ」と嬌声をあげて知らぬ同士でも和気藹々。農家の方々も、おばさんパワーに負けることなく、「さあ、どんどん召し上がれ」とばかりに、次々に食材を調理し、補充してくれます。
 今朝方船橋を覆った雨雲が3時間遅れでこの多古町にも移動してきましたが、みなさん、事前に傘やビニールコートなどの準備がしっかり行き届いていて、いささかも慌てることなく、雨の中を食べ歩きます。それほど美味しいってことだったのでしょうね。まさに食べ歩き。食べて歩いて、また食べて。一カ所に留まって、ひたすら食べまくるのではなく、ほぼ100メートル間隔に案配されたお宅を訪ね歩くのですから、満腹感もすぐに解消されて入ること入ること。「ああ、食った食った」と、下腹をさすりながら大きな声でおしゃべりしながら歩く意欲満点のおばさまたちの列は健康そのもの。

 テンプラをいただいた藤崎さんちから田舎まんじゅうの高橋さんちに至る小径は、とくに素敵でした。京都の「哲学の小径」はいまでは観光客でいっぱいで、自分を見つめるどころか、他人ばかりしか視界に入ってこないので、たいそう疲れ果てて散歩を切り上げることになります。思索を深めるどころの騒ぎではありません。哲学をしたいなら、京都ではなく、里山を縫うようにして発達するこの多古町の道がふさわしいのではないでしょうか。このあたりは家屋敷をブロック塀などで囲わず、槙の生け垣で囲んでいますから、当たりがとても柔らかいんです。もしも「里山」に日本標準のようなモデルが必要だとすると、この多古町をあげない訳にはいきませんね。

 会場準備、料理の仕込みや町内清掃など、大変なご苦労を地元農家に依存しているはずですが、年に一回のこうした催しは、きっと農家にも素敵な非日常として記憶されるのでしょう。飯島さん、素敵な里山に連れて行っていただき、どうもありがとうございました。
(hasegawa tomoaki)
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↑多古町からの帰りがけに、落花生の野積み(ボッチ)風景がいくつか見られました。このブルーシートを被せるのが今では一般的だそうです。
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↑いまではこの写真のようにワラの屋根を被った野積みは大変貴重なシーンだそうです。
by 2006awasaya | 2006-11-16 11:16 | 真剣!野良仕事

【真剣!野良仕事】[19=落花生の収穫]

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↑夜明け前と言った雰囲気の朝の畑。暗くてほとんど見えません。夜が長くなってきたんですね。
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↑しっかりと落花生が付いている株。黒いマルチシートを子房柄が貫いているのが見えます。
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↑これは殻がほとんど付いていない株。プツプツと子房柄が切れてしまって、こんなみすぼらしい姿。
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↑見よう見まねで掘り返した株を重ねたところ。「ああ、それじゃあ、だめだめ。ネットで覆わないと」と飯島さん。
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↑「ネットでくるまないと、みんなカラスに食われちゃうから。こんな具合にしっかりと覆っておきます。覚えておいてください」

プチプチとヒモが切れて

 今年は近年になく天候が不順だそうです。寒いときに寒くならず、陽が強く照らなくてはならない時期にぼんやりとした日射し。長雨だったり風が強かったり。後ろ手に手を組んでうなだれ気味に歩き回る宮沢賢治の姿を映した写真が思い出されますが、まさしく嘆きの詩の世界そのものです。

 とはいえ、収穫時期はやってきていて、きちんとその作業を終えないと次ぎの冬野菜の植え付けも出来なくなります。そこで、今朝は5時起きで落花生の収穫に行ってきました。まだ真っ暗な早朝、車を走らせて畑に行くと、一面の靄。土の温度が温かいんでしょうね。

 飯島さんから、「もうそろそろ落花生を収穫する時期ですよ」と指示されて1週間が過ぎようとしています。飯島さんのお母さんのシマさんも、1カ月ほど前に収穫作業を開始していました。その畑仕事の最中に聞いた話は【真剣!野良仕事】[14=アフタヌーンティー in 落花生畑]に書きましたが、なんでそんなに早く収穫していたのか、その理由は聞かずじまいだったのです。きっと生ラッカがおいしいので、それで早めに収穫していたんだろう、そんなふうに考えていたんです。時間を掛ければ、もっともっと美味しくなって実もたくさん付くだろう、とシロート考えでギリギリまで待っているつもりだったんです。

 でも、飯島さんから「シマが早めに落花生を収穫したのは、今年の天候不順に関係していて、例年だともっと待つんです。落花生の紐と呼んでいますが、そのヒモ状の子房柄が今年は例年になく弱く、収穫時に茎を抜くと、そのヒモがプツプツと切れてしまい、土中の落花生がついてきません。そうならないようにとシマは掘りあげたのです」なんて真実を聞き、なんだか不安になってきて、それで今朝、まだまだ真っ暗な時分に収穫に来たという訳です。

 落花生はかわいらしい黄色い花が咲いて、その花の付け根にある子房で受粉し、そこから蘭の根っこを細くしたような子房柄が伸びて、土の中に突き刺さり、その先に豆ができます。
 書いて字の通りの落花生ですが、畑に入り、落花生を植えた畝の端で両足を踏ん張り、軍手をした両手で茎を持ち、じわじわ、こわごわと引き抜いてみました。

 やはりプツプツと音がします。落花生に繋がっているヒモ状の子房柄が切れている音でしょうね。遠くで犬の吠える声が聞こえますが、あたりはまだまだ薄暗いままです。最初に引き抜いた根の周囲には10〜15個、落花生の殻が付いていました。ほんとうはもっともっと殻が付いているはずです。土の中に取り残された落花生が埋まったままです。隣りの茎を引き抜きましたら、あまり抵抗もなくスーッと引き抜けます。根のまわりを見ると、先ほどより小さな殻が5〜6個。黒いマルチシートを剥がしながら次の茎を引き抜きます。今度は20個以上が付いています。よしよし。

 全部で30株くらいですが、引き抜き終わってから、もう一度引き抜いたところに両手を突っ込んで土を返すと、やはり4つ5つと、白い殻が見つかります。ああ、勿体ない。
 植えた面積も少ないので、もう一度両手を熊手状にして土を掘り返すと、さらに白い殻が20個ほど。

 白々と朝が明けてきました。ニワトリの声。茜色に染まった空。日が差してきたら、急にあたりが温かく感じられて、靄も薄れてきました。さて、と一息ついたところに、飯島さんが顔を見せてくれました。

 まったく、こんな朝早くから、どうしたんでしょう。
「どうしたんです、こんな朝早くに!」
「そちらこそ、どうしたんです、こんな朝早くに。それはそうと、どうです、ヒモが切れちゃうでしょ。今年はどうしたことか、ヒモが弱くって、プツプツって切れちゃうんですよ。収穫がしずらいって、落花生の生産者も嘆いています。で、ひとわたり収穫が終ったようですが、畝の端っこなど一所に落花生部分を上に向けて、積み重ねておくんです。野積みと書いてボッチって言ってるんですが、そうやってしばらく乾燥させるんです。落花生生産のメッカの八街では、このボッチがあちこちに見られます。ブルーのシートで覆って、しばらく置いておくんですが、長谷川さんの収穫量は大した高さにはなりませんから、せめてネットでくるんでおきましょう」と、見本を見せてくれた。
「そのままにしておくとカラスにみんな食べらてしまいます。掘り返して拾った落花生も含めて、殻は泥を洗ってから天日で乾燥させます。乾燥を終えたら、フライパンなんかで煎ってから食べてください。一般の市場では白い殻の落花生が値段が高いんです。少し茶色がかった殻の落花生がありますが、あれは野積みの段階で雨に当たると色が濃くなってしまうんです。品質に変わりはないんですが、見た目で白い方が高く売れるんでしょうな」
 いやはや。見かけとはそれほど大変な要素なのか。

 ところで、いつか聞いておきたいと思っていた疑問。

長谷川「マルチシートを掛けない方が収穫がしやすいと思うんですが、マルチをする理由は何かあるんでしょうか」
飯島「えーと、マルチをした落花生の殻は薄いんですわ。マルチをしないで作った落花生の殻は厚いんだそうです。地面の温度が関係しているんでしょうね」
長谷川「でも、微妙な差なんでしょうね」
飯島「殻の白さといい、厚さといい、農家はまったく大変なんですわ。それはそうと、シマが作るピーナツ味噌、うまいんです。こんど、作り方、聞いておきましょう」
長谷川「いやあ、嬉しい!よろしくお伝えください。さて、もうひと働きしてから帰ることにしますから、飯島さん、お先に引けてください。朝早くからの畑の見回り、ご苦労様でした」
(hasegawa tomoaki)
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↑朝の日射しが射し始めて、ブロッコリーの畑からは水蒸気が立ち昇り始めた。さわやかな一日の始まり。
by 2006awasaya | 2006-11-10 00:51 | 真剣!野良仕事

【真剣!野良仕事】[18=リンゴの収穫]

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↑群馬県が開発・改良した自慢の品種「陽光」の完熟の色。ズボンでゴシゴシ磨くと、不気味な艶やかさになるので、あまり磨かずに食べることにしています。そのままかじると食べ残す部分が多く、勿体ないので、6等分にしてからきれいに皮をむいて余さぬようにシャリシャリ音を立てながらいただきます。写真のリンゴは大きな部類でほぼ原寸です。

果樹栽培の革命か

 文化の日の連休を利用して、群馬県の川場村にリンゴ狩りに行ってきました。
 澄んだ空気を透かして、何やら東京あたりが見えそうな、見えなさそうな、とにかく抜群の上天気。
 この川場村には10年前からリンゴの木のオーナー制度に参加して、途中1年は都合で収穫に行けない年もありましたが、それ以外はきちんきちんと毎年、この文化の日の前後に、関東平野の北辺に行ってリンゴ狩りを楽しんできました。
 知り合いのカメラマンさんから「とっても研究熱心なリンゴ園のおやじさんがいてね、とってもおいしいリンゴを作るって評判なんだけど、どお、一本、買って見る気はないと」と誘われたのがキッカケでした。
 なぜか「研究熱心」という言葉に魅せられて、リンゴの木のオーナーになったのでした。根が『研究』とか『熱心』からずいぶん遠いところにいますので、誘蛾灯に誘われる蛾のように、自分の意志を超えた神の手に鷲掴みされたように1本、登録したのでした。
 ところで、その「研究」がなんであるか、ちょっぴりあやふやになって、昔の日記をめくるように頭の中をかき回していると、側頭葉の辺境から浮かび上がってきました。こう言うときは10年日記をつけていると、すぐに振り返ることができるのにと、いつもいつも思うのですが、なかなか付けられないものです、日記って。
 それはさておき、その研究というのは、一本のリンゴの木に3種類のリンゴを実らせるという研究でした。
「低いところにフジ、中程の高さに群馬県産の陽光、一番高いところに未収穫になっても、ま、鳥の餌になってくれればいいか、そんなシャカリキにならなくてもすむ国光とかの品種を実らせることができれば、これはひょっとしたら、果樹栽培に革命をもたらすことになるかもしれない研究をすすめているリンゴ園があるんだけど、そんなすごいリンゴの木のオーナーになれば、3種類の味を楽しめるんだよ。でも、今年もダメだったんだって。なんとか慰めてあげないと。収穫時期と台風が不思議と重なったりして、林檎農家って、ほんとうに大変なのに、その上、難しい研究をしてるってんだから、つくづく頭が下がるよね」という説明だったのです。
 心は大きく傾いて、しかもオーナーって言葉の響きもバブリーで、1本1万5000円という料金も魅力でした。下草を刈ったり、肥料をやったりなどのいわゆる「労働」はなしで、秋になるとたわわに実っているリンゴをもぎに行くだけの安易さが保証されてこの料金です。
 で、はじめて行ったリンゴ園での収穫の最中、ずっと気になっていた「果樹革命の正否」について、約300個を収穫し終え、再び戻ったリンゴ農家の母屋で、革命の真実を研究熱心なおやじさんに聞いてみたかったのですが、あいにく姿が見えません。
 きっと、研究がうまくいかなくて、人前に出るのが恥ずかしいのかな。おやじさんの姿が見えないことを、そんなふうに勝手に解釈していました。
 でも、やはり聞いてみたい! そこで荷造り作業中の奥様に尋ねてみたんです。きっと女性の目から見ると、男には見えない、あるいは、見ようとしないご苦労があるに違いない。
「今年はダメだったと聞いたんですが、そのあたりのお話、聞かせていただけますか」と。
 研究の成果が実らずに、でも来年に向けてもう準備が始まっているかもしれません。しかも、人知れず傾注したであろう努力が報われなかったのですから、できるだけ傷口にさわらぬように、でも、聞きにくいことながらきちんと聞きたいことを聞いておかなくては。
 すると奥様、さばさばした口調で、
「ええ、今年もだめだったです」
 なんとも簡潔な返事。
 あれれ、ガッカリしているヒマなんてないってことかしら。
 でも、それにつづく言葉を聞いて納得しました。
「でも、いつでもできることなんです。簡単なことなんですよ、3種類を接ぎ木すればいい話ですから。接ぎ木自身も、いつもやっていることで別に難しい技とかは必要としませんしね。とおちゃん、たいへんだ、たいへんだとかなんとかいってましたか。あはは」
 あははと、明るく笑われてしまって、ボクも、こんなに明るく笑ったことはなかったなと自分でも驚くほどに大きな口を開けて、大きな声で思いっきり奥さんと一緒に笑っちゃいました。
 ひとしきり笑い終わったところに、「たいへんだ」のとおちゃんがちょっぴり額にしわを寄せ加減にしてやって来て、「なんだなんだ」なんて好奇心抑え気味の顔で僕らの顔をのぞき込むものだから、また大笑い。いはやは、おもしろかったな。こんなに気持ちよく担がれたことも、記憶にないな。カメラマンさんと研究熱心なとおちゃんの合作担ぎばなし。果樹農家でやっていることをまったく知らない都会組は、おしなべてこの手の話に弱いなあ。
 気持ちよく担いでもらってはや10年。毎年毎年、秋になると川場村に出かけ、真っ赤に熟した陽光を摘み取る。車のトランク一杯にして持ち帰り、ご近所に配る楽しみ。
 そして、毎年、ほぼ同数のリンゴを枝に実らせることの大変さも、ほんのり分かってきて、しかも同じような糖質を維持しているんですから、果樹農家の方の管理能力って、それはそれはすごいことだと感心感服。
 今年の川場村もこの時期は全村、リンゴの収穫時期。どこの農家も忙しそうにたち働いていましたが、今年のリンゴはほとんどの農作物同様、日照時間の不足で、例年に比べて若干甘みが少ないようです。でも、収穫って、なんて嬉しいものなのでしょう。今年、地元船橋で憧れの畑仕事をはじめただけに、実感できるこの気持ち。リンゴの木も大きな大きな実をモイでもらって、背が高くなっているように見えました。(hasegawa)
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↑左手前の木が10年間、楽しませていただいた木です。毎年毎年、300前後の実を収穫できるんです。下草もきれいに刈り込んであって、この樹間に寝っ転がっていると気分もとっても安らぎます。今年は親戚と一緒にリンゴを摘み取ったので、あっという間に収穫完了。やはり農業は人の手をいかに集めるかということも大切なポイントですね。
by 2006awasaya | 2006-11-08 19:20 | 真剣!野良仕事