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【真剣!野良仕事】[33=90歳の草餅作り]

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↑ああ、朗らかなり!二十歳の娘時分、どこへでも素足で歩いていったなあ、楽しかったなあと、おおらかに思い出し笑いを浮かべる至福のシマさん。この笑顔が見たくて、畑に行くようなもの。今年は春からえらく縁起がいいなあ。

二十歳の自分を思い出して

 3月25日(日)、10時過ぎに好人舎を訪ねました。
 飯島さんに、前日打ち合わせで決まった「竹林コンサート」のためのポスターを届けるためです。生憎、前夜から天気は下り坂。「午前中は好人舎の近くで作業をしていますから、近くに来たら携帯に電話をください」といわれていたのです。ちょうど雨足が一段と激しさを増して、好人舎の駐車スペースに車を止めたときには、外は何も見えない状態でした。車内から携帯で飯島さんに電話をしてみました。カーラジオからは「能登半島で地震発生」を告げています。

長谷川 いま、好人舎前に車を止めたのですが、飯島さん、どちらにいらっしゃいますか?
飯 島 好人舎にいます。餅を搗いているんです。
長谷川 え、餅を?
飯 島 好人舎のバックヤードにいます。こちらからは車、見えますよ。

 傘をさして、外に出ると、ほんと、杵でヨモギを搗いているところでした。シマさんもいっしょでした。

 ボクが訪ねたときは、約3キロ(約2升)の米粉が蒸かしあがっていて、茹でられたヨモギがちょうど搗きあがったところ。

飯 島 3月上旬のヨモギだと、柔らかくてとても香りのいい草餅になるんですが、下旬に摘んだヨモギは色ばかりが濃くて、香りがほとんどないんですわ。このヨモギもアク抜きに重曹を使っています。

 臼で搗いたヨモギを一旦、ボウルにとり、臼を洗ってから蒸かした米粉を臼に移し、しばらく杵で搗きます。全体が柔らかくなってきたら、ヨモギを餅状になった米粉で包むように入れ、優しく杵で搗きほぐしていきます。

 よほどやってみたいなあという顔をしていたんでしょうね、飯島さんから、「やってみますか」と嬉しいお誘い。ボクが搗き方で、シマさんが合い方。
 臼を時計の文字盤にたとえると、合い方は7時、搗き方は5時あたりに位置します。そして搗き方は合い方と体の向きを並行にして立つのだそうです。こうすると間違えても合い方を杵で傷つけることはないのだそうです。

「それではよろしく」と、一声掛けてから杵を振り下ろします。
 いや、振り下ろすというよりも、杵の重さで自由落下というほうが、言い得ているように思います。杵を持ち上げ、合い方が餅をひっくり返し、ひっくり返ってことを確認してから杵を落とす。再び杵を持ち上げ、合い方が水を振りかけ、手を引いたことを確認してから杵を落とす。これの繰り返し。

 ところが、合い方は何回かに1回は空振りと称して、餅に触るでもなく、水をかけるでもなく、文字通りの空振りというかパスをすることがある。初めてのボクには、手が出てくるのか、出てこないのかの判断がつきかねて、思わず杵を中空で静止したまま待ってしまい、これが餅搗き全体のリズムを損なう結果になる。しかも、杵を中空で制止しておくのって、意外とパワーがいる。
 合い方は合い方で、ン? 杵が下りてこないな、どうしたんだろう、手を入れたものかどうか、わずか一瞬のこととはいえ、多分、円滑さへの懐疑が生じてくる。果たして、次の一撃がリズムどおりに下りてくるのか、それともなにかの理由で1回休みなのか。そんなことに注意が向かい、搗き方と合い方との円滑なサイクルに狂いが生じてくる。危険でもある。

 額に汗がじっとり浮いてきた。息が揚がる。臼の中央に杵が落ちるように、正確な間合いで杵を落とさなくてはいけないのに、腰も腕も疲れてきているから、正確さが失われてくる。
 合い方のシマさんは、さぞや不安だったに違いない。臼の中央から外れる回数が増えてきました。

「ああ、もうだめ。ちょっと一息入れさせてください」と、見栄も外聞もかなぐり捨てて、思いっきり大きな声で弱音を吐いてしまいました。

 本当だったら、餅つき途中で一息入れると、折角の餅が堅くなってしまうので、搗き終わるまで交代なしなのですが、新米の非力に免じて、ここで、搗き方はパワフルな飯島さんに選手交代。合い方は依然としてシマさんですが、やはり搗き方が飯島さんに代わって不安がなくなったのでしょう、実にスムースなサイクルに戻り、草餅は搗きあがりました。

長谷川 いやあ、どうも不甲斐ない非力で申し訳ありませんでした。
シ マ 疲れたでしょう。いまは平気でも、明日あたりは腰の辺りが痛くなりますよ。
長谷川 あはは。お気遣いいただいて。まったくもってお恥ずかしい限りです。いまになって、額からものすごい汗が噴いて出てきました。
シ マ 餅つきは力任せに搗いてはならねえのです。杵の重さで搗くもんなんです。それに、疲れてくると、どうしても臼の縁を搗いてしまって。臼を傷つけてしまう。むかしから、『餅は搗いても臼搗くな』なんていうんです。臼の回り、傷がついてましょ。それが臼を搗いたとこなんです。
長谷川 呼吸が合わないと合い方は怖いもんでしょうね。
シ マ そんなことはないよ。だいいち、餅搗きでケガをしたって話し、聞いたことないなあ。

 シマさんから気を遣ってもらいながら、どうにか初めての餅つきを経験することが出来ました。
 好人舎の縁側に腰を下ろして、しばらくは草餅のことや杵と臼の手入れ方法など、農家の暮らしについての世間話をしていると、はて、何を思い出したのか、思い出したことが軽やかなシーンだったのでしょう、じつに楽しげに、くすくすとシマさんが笑い始めたのでした。

 搗きあがった草餅の香りに誘われて、いまは亡き旦那様といっしょに春の野良でヨモギを摘むひそやかで、軽やかなシーンが浮かんできたのか、それとも、つい先週の出来事を思い出したのか。
 ボクも、息子である飯島さんも、一瞬顔を見合わせ、
「ン?  どしたんでしょうね?」
「シマさん、とても機嫌がよさそうですが、なんだかとんでもなく楽しそうなことを思い出されたんでしょうか?」
 そんな言葉にならない問答を目まぜで確かめ、さりとて、ズカズカとシマさんの思い出に踏み込んでいってはご迷惑だろうし、そんなこんなに思い巡らすように、あらためてシマさんを見つめてしまいました。
 すると、我ら二人の怪訝そうな視線に気がついてか、「あはは」と、くぎりをつけるように笑い納めてから、急に真顔に戻って、「今年は船橋市制70周年でしたよね」と、ボクに問いかけるのです。
「ええ、今年でちょうど70周年です。この秋には、すぐ近くのアンデルセン公園を会場に、70周年記念のイベントが計画されていますしね」
「ちょうど70年前のことを思い出していましてね。私、二十歳でした。二十歳の娘が船橋大神宮の例祭を見に、ここ豊富から歩いて、その当時は何をするにも裸足でしたし、船橋まで裸足で歩いて見に行ってね。ああ、楽しかった。大神宮はいまもむかしも何一つ、変わってはいませんよね。南にある参道から緩い坂を上っていくと、本殿ですが、いまも変わってないと思います。境内の右手奥に灯台がありましょ、松がたくさん植わっていて、たいそう賑やかだったですね。あれからちょうど70年経つんですね」

 そうか、先月2月25日に90歳の誕生日を迎えたばかりのシマさんでしたが、90歳と1カ月目の今日、素足でコロコロと笑い転げる娘時代の自分を思い出して、笑いをこらえられずにいる。活発で快活で、なんともかわいらしいお嬢さんだったのだろう。
「草餅はアンコでいただくよりも、黄な粉でいただいたほうがおいしいんですよ。まだ軟らかいうちに召し上がれ」と、手早くお団子に丸めて8つ、お裾分けをいただきました。
 家に帰って、さらに小分けし、砂糖をたっぷり混ぜた黄な粉と茹でアズキをトッピングして、素足で走り回る二十歳のシマさんを思い浮かべながら、ひとり草餅を食べました。

 春の香り、春の色味、春の甘味。そういえば草餅は雛祭りに欠かせないお団子でしたね。
 確か、雛祭りに草餅を食べているシーンを芭蕉は詠んでいたはずと、加藤楸邨の『芭蕉全句』をめくっていたら、草餅の句が下巻にありました。

両の手に桃と桜や草の餅

 この江戸には桃と桜にも比すべき其角・嵐雪の二俊秀がいて、なんとも頼もしいかぎりだと、自らの幸せを句にしている芭蕉。ふだんは苦虫を噛み続けた芭蕉には全く珍しい、和らいだ表情を見せる一句。

 ちょうど、帰りがけ、好人舎入口に桃の小枝が束になって活けてあったのです。それは農好人へのお土産用に切ってきた桃の小枝とか。そのうちの何本かを持ち帰るよう、飯島さんからすすめられ、これでお花を習っている妻にもお土産が出来たと、ふた枝頂戴し、持ち帰っただけに、余計、この句が印象的でした。この句が発散する高揚した春の陽気が印象的でした。

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↑ヨモギを混ぜた当初の餅の色。
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↑ほとんど搗きあがった草餅の色。3月上旬に摘んだヨモギだったら、もっともっと色も浅く、そのかわり、香りはもっともっと強い草餅になっていたはずとか。
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↑ちょうど10日前、胆嚢摘出の手術を受けたとはとても思えない回復ぶり。それもこれも、開腹手術ではなく、腹腔鏡手術だったから。体に与えるダメージが断然違う。退院後、一週間で餅つきが出来るなんて、執刀してくれた三澤先生もびっくりするだろうな。それにしても、生まれて初めて杵を振り下ろしたが、腰に来るなあ。もうバテバテでした。
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↑うららかな春そのもののように上質な追憶だったのでしょう、とても上機嫌なシマさんです。
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↑家に帰って、黄な粉と茹でアズキでさっそくいただいてみました。アンコが大好きなボクですが、やはり、黄な粉のほうが草餅には絶妙の風合いでした。ふつうだったら、お団子の全身に黄な粉をまぶすのです。今回はちょっぴり趣向を変えてお団子におへそをくぼませ、スプーン一杯の黄な粉を包むようにしてみたのです。ところが、いざ写真を撮る段になって弾けて開いてしまいました。でも、これはこれでおいしかったのですよ。


飯島さんの「草餅メモ」
 3月17日(土)に好人舎にて開かれた「草餅スクール」のテキストです。
 このスクールには、さきの理由で長谷川は出席できず、誠に残念に思っていましたら、その日の夕刻、hawksさんが自宅に立ち寄ってくれて、「草餅のおすそ分けです」と、香り高い草餅を届けてくれたのです。
 さて、「草餅メモ」ですが、要点だけが分かりやすく説明されていますので、ここに張り付けておきます。
1=
よもぎの準備
 ・春一番のヨモギを摘む。
 ・きれいに水洗いし、茹でる。
 (2月下旬から3月上旬の春一番のヨモギは必ずしもアクを抜く必要はありませんので、少々の塩だけでOKです。3月下旬に近いヨモギは重曹によるアク抜きが必要です)
 ・茹で上がったら、細かく刻む。
2=
うるち米を精米し、米の粉にする(お米屋さんに頼む)。
3=
蒸籠を水洗いし、すぐ蒸せる状態にしておく。
4=
米の粉を熱湯でこねて、棒状にする。
5=
棒状のものを、蒸篭に入れて蒸す。
6=
臼に刻んだヨモギを入れ、搗いておく。
7=
搗いて餅状になったヨモギは一旦、臼から出し、器にとっておく。
8=
棒状の蒸けた米の粉を臼に移し、餅状になるまで搗く。
9=
半分ぐらい搗けたら、ヨモギをお餅で包む。ちょうどお饅頭の餡を包むように、ヨモギを包む。
10=
ヨモギが均一に餅となじむように、やさしく搗く。力任せに杵を振り下ろしてはいけない。
11=
搗き終わったら丸めて、丸いがんもどきの形にする。
12=
草もちには黄な粉で食べるのが、抜群。互いの持ち味を引き立てます。
13=
黄な粉を用意し、同量の砂糖、および塩を少々加え、よく混ぜる。
by 2006awasaya | 2007-03-27 00:39 | 真剣!野良仕事

【真剣!野良仕事】[32=竹林コンサート]

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↑竹林コンサートの会場となる整備された竹林。竹林整備の先頭に立った坂本さん(ニックネーム=tochinokiさん)が、「このあたりに楽人がいると、聞き手はそれを取り囲むように座るだろうな。そうすると、この切り株につまずく人もいるし、きれいにカットしておこう」。そんなことをいいながら、孟宗竹の太い切り株を地面すれすれで切っていました。腰高あたりを切るのとは違い、地面すれすれで切るのはとんでもなく困難な作業なのです。コンサートにお見えになり、竹林を歩き回って、もしも、けつまずかなかったら、それは坂本さんや上原さんや小林さんや大竹さんや井上さんご夫妻や海野さんや東海林さんや小関さんや大内さんや阿部さんご夫妻のこうした努力のおかげ。

竹林コンサート、企画の発端


 3月24日(土)、好人舎にて「おいしい野菜公園2007」主催のイベント、「竹林コンサート」の打ち合わせがありました。
 出席者は15名。全員、農好人です。
 なにそれ、農耕人の間違え? いえいえ、飯島さんを中心とした畑のメンバーの別名で、畑での作業打ち合わせや作業段取り、竹薮整備の進捗状況の報告、竹垣作りの参加呼びかけ、その他、伝言やお知らせなどを「農好人」という電子式伝言ボードを使って農作業を進めているグループの愛称=ニックネームなのです。この伝言板の管理運営者である鷹島さん(ニックネームはhawks)が、この「農好人」という言葉の選択からネット上での設定、そして、グループ全員が不自由なく使えるように、あらゆる場面で質問に答えてくれる強力なサポート役を買って出てくれているのです。
 webの伝言板は確かに迅速にして正確な道具ですが、全員が使いきれてこそ便利な道具になるので、キーボードが苦手な方とか、インターネットにはどうも馴染めない、そのようなメンバーがいると、その方を排除してしまう傾向が見られるものです。「便利な道具」として登場してきた新しい道具は、どんなものでもそうした危険をはらんでいるものですが、我らのグループにはhawksさんのような方がいるので、全員、この便利な道具を使って情報の共有をしているのです。

 さて、その伝言ボードに、3月7日、飯島さんからこんな書き込みがありました。

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昨日、農業関連のお勉強会で海浜幕張にいました。講演の前座がニューフィルハーモニー千葉の弦楽四重奏でした。これで思いついたのが、進学や新入生の子どもたちへのプレゼントと「おいしい野菜公園2007」のスタートにクラシックコンサートを開いてはどうかという思いつきなんです。演奏家を囲んで竹林コンサート。4月7日(土)、畑で汗を流した後の一時。いけそうではありませんか。

今朝、7時、やっと破裂した水道管修理をしました。その間、頭の上から、ケキョ、ケキョ、・・・・ホケキョ。
鶯の声を聞きました。まだ、上手ではありませんが、これから、練習を重ねると上手くなるのでしょうね。楽しみです。メールに声が乗せられないのが残念です。

毎年、立春になると、まもなく裏の竹やぶで、鶯の声をききます。今年はなかなか聞けず、裏山が竹薮整備で騒がしいやら、いままでの密林状態の「竹薮」から見通しもぐっとよくなった『竹林』へと様子が一変したからびっくりしたかなあなど思っていました。春は早足なのに、鶯はやけにゆっくりしているようです。

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 こんな伝言に対して、ニックネーム海神&怪人さんは以下のように書き込みます。

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 いやはや、驚きました。整備された竹林でのコンサート企画。「おいしい野菜公園2007」の旗揚げ公演にはなんともぴったりです。
 竹林というとボクらの世代では「竹林の七賢人」の喩えの通り、イメージは中国そのものですが、ボクには「竹林」というと「ジャワの竹林」が真っ先にイメージされます。
 もう20年も前、青銅器の金属音が密林に響き渡るガムラン音楽に魅せられて、それで何度かbali に行ったことがあり、でも、現地に行ってみると、ガムランは密林でやるのではなく、石造の寺院の庭で演奏することが分かり、でも、なにかのレコードに密林でコンサートを開いている写真が載っていて、どうしてもその音楽シーンに出会いたくて、それで調べてもらったら、バリ島の西の端、ヌガラという田舎では太い太い竹を音階順に並べた鍵盤楽器があって、大きさもいろいろ。その演奏を「ジェゴグ」というのですが、その音色に20年経った今も魅せられています。何年後かには、「おいしい野菜公園2007」で、このバンブーオーケストラともいうべき「ジェゴグ」が出来ればいいなと、密かに思案しています。

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 ほかにもさまざまな書き込みがあり、3月10日(土)、大根や小松菜などの冬野菜の収穫と春野菜の準備を進める畑にて、以下のような内容が農作業の合間に交わされたのでした。

1=竹林コンサートの実施日=4/7(土)、雨天順延。順延は1週間後にするかどうかは、今後の打ち合わせで検討。
2=参加人員を50名から100名未満。人数の想定は準備する作業に関わってくるので、こちらも今後の打ち合わせで検討。
3=告知ポスター。大きさはA3+A4、PDFで。
4=演目。弦楽四重奏なり弦楽五重奏なりでは、野外で音が散乱してしまう恐れがあり、木管楽器の編成でと考えていること。曲目については演奏グループに会場の雰囲気にあう曲目をお任せ。
5=入場税など、収入が上がる場合を想定して、パーティーあるいはお友達会のチケットということでルーズに考えていればいいのではないかとの指摘。これについても今後の打ち合わせで検討。
6=当日用意できるもの。タケノコご飯、タケノコ汁、その他ヨモギだんご、など。これについても今後の打ち合わせで検討。
7=トイレは好人舎と味菜畑のトイレを使用。
8=コンサート会場について。楽人のスペースは竹林の奥、聴衆は現在焚き火を燃やしているあたりが良いのではないかと、竹林整備責任者の坂本さん。野外コンサートの場合、30センチ使用のエアマットを支給するのが通例で、コンサート開始までに各人が好きな場所を決め、そこで空気を膨らませるシーンが一般的ですが、出費を抑えるために、レジャーシートを敷き詰めておくのも一案。

 そして、昨日、3月24日(土)の打ち合わせミーティングとなった次第。
 ここでは、当日の会場整備はどのようにするのか、トイレはどうするか、駐車場への誘導は誰がするか、アーティストとの打ち合わせはその後、どうなったのか、当日の式次第というか進行スケジュールはどうなっているのか、ひとり1000円を含む会計は誰が受け持つ?などなど、およそ想定される事柄について検討。でも一番の関心事は天候のこと。

飯島 当日、雨だったら中止ですが、何時の時点で中止にするか、どうやって中止を知らせるのか、そのあたりが問題なんですが、皆さん、いかがでしょうか。
大内 そうね、難しいですよね。メンバーの知り合いで、連絡が取れる方ならば、すぐに決定事項を連絡できるんですが、知人友人ではない方へ、ポスターなどを見てチケットを買ってくれた方に対してどうやって中止を伝えるのか。
松本 チケットに、当日の何時以降に「中止か順延」についてお問い合わせくださいの一文を入れるしかないかなあ。コンサート会場の地図もいるなあ。
飯島 電話番がいるなあ。
鷹島 当日が雨の場合は中止か順延になるだろうけど、前日が雨で当日は晴れということも考えられる。こういうケースが始末に困る。
長谷川 え、どういうこと? 
飯島 なるほど。そういうこともあるなあ。前日の雨が竹の葉っぱに付いていて、コンサート当日、風のそよぎでパラパラって演奏中のアーティストに降りかかることも、ありか。楽人は埃と湿気を嫌うんだそうです。

 そんなこんなの打ち合わせも済み、ポスターに掲載する検討事項も決まり、出来たのがこのポスターです。長谷川が作りました。
 皆さん、4月7日(土)、万障繰り合わせてお出かけください。たけのこ掘りも、たけのこスープも、ひょっとして段取りがよく「たけのこご飯」のおにぎりも用意できるかもしれません。お問い合わせは船橋市豊富町にある農産物供給センターの産直ショップ「味菜畑」☎047-456-2750へ。

大内 長谷川さん、たけのこご飯のおにぎりが一番、面倒なのよ。炊き立ての熱いご飯を握るのって、本当に大変なんだから!
長谷川 ………(うつむいたまま)
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↑竹林コンサートのポスターです。
by 2006awasaya | 2007-03-25 17:02 | 真剣!野良仕事

【真剣!野良仕事】[31=味噌づくり後編]

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↑飯島さんのお仲間で、東京で働く婦人連が、この船橋まで味噌仕込みにやってきました。2007年2月3日のこと。朝から実にいいお天気でした。例年、寒さがきついこの時期にも、こんなに穏やかな日が数日はあり、こうしてお日様のもとでのお昼を味わうことができると、今年もいいことがありそうだという予感がそくそくと湧いてきて、表情にも表れてきます。カメラを向けると、みな素敵な表情でこちらを向いてくれました。このご婦人連は、この昼食後、鍋釜の洗いかたずけ班と樽詰め班とに別れて、作業を粛々と進めていました。この日、われらは裏の竹薮にて竹林整備。

饒舌と寡黙で仕込んだ今年の味噌(後期)

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↑攪拌のフネで混ぜられた煮豆。さあ、あとはミンチ機へ投入だ。

 味噌作り前編を報告してから、ずいぶんと間が空いてしまいましたが、その続編をお届けします。

 好人舎のバックヤードは煮えた大豆がいい匂いを漂わせ、三々五々、
「さて、煮えたかな」と、一粒二粒摘み食いし、
「もう少しかな」と、フタを閉めて立ち去ると、また別なメンバーが来て、フタをとり、同じことを呟きつつ、味見をしてからフタを閉めて立ち去る。

 とにかく、焦がさぬように大量の大豆を煮ているので、おいしい匂いに包み込まれている。

 さて、飯島さんの指示で、一斉に大きなザルに煮えた豆を空け、水気を切っておきます。温度もお風呂の湯加減を見る要領で、大きなザルに指を突っ込み、熱くも冷たくもない40度近辺を各人が確認。

「さて、ではみなさん、お待たせしました。麹と塩を混ぜた攪拌用のフネに豆を混ぜましょう」と、飯島さんの声が響く。全員が薄手のゴム手袋をはめ、髪の毛が落ちないよう、ヘアキャップかスカーフで頭を覆い、混ぜ始める。
 この攪拌作業には塵取りが意外と役立った。
「米麹の量が多いと、おいしい味噌になるんです」と飯島さん。さらに攪拌してからミンチ機に掛けて細かくし、樽に詰める作業へと移ります。
 ボクは煮豆の寸胴やザルの洗いを主に担当していましたが、メンバーの大半はミンチ機から出てくる粉砕された材料を樽詰めする作業に就いている。
 どのような作業をするかというと、先の飯島メモにもあるように、ミンチ機から出てくる粉砕された材料をボウルに受け、これをまずはお団子状に固く握ります。この固く握ったお団子を樽の底めがけて投げつけます。一見、雪合戦に似た作業なので、みなさん、初めは楽しそうに握っては投げ、握っては投げしていましたが、どうやっても雪合戦の興奮にはほど遠く、もちろん、食べもので遊んではいけませんと教育された世代ですから、面白半分でこの「握っては投げる」という作業に取り組んでいる訳ではないのです。でも、ミンチ機から出てくる材料が大きなボウルに山を成し、樽詰め作業が追われるようになると、なぜか皆さま、寡黙に。

 ここで、肝心の説明をもう一度説明してもらう。

「なぜお団子状に握るのか、なぜ投げつけるのか、その意味について、繰り返します。味噌作りは発酵作用を利用する食品作りですから、すべての段階で清潔さが求められている訳です。あらゆる容器を熱湯で消毒したり、樽をアルコールでぬぐったりするのも、すべては雑菌を防ぐという意味からなんです。ミンチ機から出てくる材料をそのまま樽に詰めたのでは、空気が抜けず、しかもうまく詰まらないんですわ。カビだらけの味噌になってしまう。堅く詰めるという目的に一番近いのが、お団子状に握ること。その堅く握ったお団子を投げつけるのも、やはり同じ意味からなんです。いま、皆さんが作業している段階が一番大切な段階なんです。常温の室内で6ヶ月後、いい具合の味噌になるのを想像しながら、さあ、再開しましょう」

 そんなインターバルがあって、黙々と粛々と樽詰め作業が進められていた。

 攪拌用の大きな舟の清掃、床掃除、それにミンチ機の分解と清掃も終わり、ボクもこの慎重さを求められる樽詰めに参加した。

 参加して、この作業を実際にやってみて、その困難が分かった。まず力がいること。材料を堅く握るにも、狙いを定めて投げつけるのも、それはそれは力仕事だった。飯島特製の円盤型のヘラも、なかなかどうしてテクニックが必要だった。「見る」と「する」では大違い。
 丁寧に、慎重に、空気が抜けるように堅く詰める。
 こうして二樽を詰め終わるころ、おしゃべりをするのも嫌になった。それほどしんどい作業だった。ほぼ1ヶ月前、東京のご婦人連が楽しげに、賑やかにこの作業をやっていたことを思うと、ああ、彼女たちのパワーって、誠に恐るべきものだったのだと、そんなことが思い返された。
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↑ミンチ機へ投入。ここでも、ロート状の中へ手を突っ込んではいけないなど、事故へと結びつく行為を事前に教えられる。
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↑樽詰め。表面は鏡面仕上げに。「顔が映るほど、真っ平らになるように」と、飯島さんから無理な注文が飛ぶ。真っ平らになった表面に、キッチンペーパーに焼酎を含ませ、表面を覆い、さらにアルコールを噴霧しながらラップする。この作業も、なかなかに難しい。
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↑顔は笑っているように見えるが、実はへとへと、疲労困憊。味噌作りがこんなに大変な作業だとは、思っても見なかった。それだけに、6ヶ月後に開封するのが楽しみだ。カビが異常発生していなければよいが。
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↑ニックネーム、コマクサさんが樽詰め作業のスペシャリストだった。鏡面仕上げといわれていたが、本当は中央部分が気持ち高い凸レンズ状態が望ましいのだとか。
by 2006awasaya | 2007-03-21 17:22 | 真剣!野良仕事