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【真剣!野良仕事】[74=薫風コンサート ガムランの調べ 第6弾]

2008.5.19(月)
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↑このシーンを見た北習志野にあるバリレストラン「バリ・ケラトン」のオーナー夫人は「ああ、思い出すなあ、この雰囲気!」と絶賛。聞くと、ングラライ国際空港、バリの表玄関に当たる空港のある都市・デンパサール出身だとか。それにしてもさわやかな五月晴れのこの日、150名の方々が聞きに来てくれました。どうもありがとうございました。
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↑聖獣バロンが登場。自重80キロのバロンの縫いぐるみ衣裳を汗だくだくで踊り抜いたお二人の楽人。前日、搬入担当者はこのあまりの重さに、「ステージ、大丈夫かなあ。床が抜けたりしたら大変なことになる」と、補強の桟を何本か追加。その甲斐あって、2人の踊り手がダーン、ダーン、ダダ、ダーンと、歌舞伎でいう見栄を切る所作がありますが、その感情がピークに達するところで、激しく足を踏み鳴らすところが何カ所もあったが、ビクともしなかった。ホッ。
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↑終演後、深川バロン倶楽部のメンバー25名とおいしい野菜公園2007のメンバーとで記念写真。


薫風コンサート ガムランの調べ

 飯島農園の竹林で、5月18日(日)、深川バロン倶楽部による「薫風コンサート ガムランの調べ」が開かれました。この日のために、3カ月前から準備を進め、「雨が降ったらどうしよう」「駐車スペースを確保しきれなかったので、公共交通機関でお越し下さいとお願いしたはいいけど、果たしてこんな不便なところに来てくれるかなあ」と、メンバー一同不安を抱えて会場設営を進めてきましたが、開演2時間前の11:00から入場者が入り始め、ほっと胸を撫で下ろし、「よかったですね」「ほんとうにお天気にも恵まれて、いいコンサートになりそうですね」。
 深川バロン倶楽部の面々も、きちんと10:30に集合し、すぐにステージに楽器を運び出し、リハーサルを開始。聖獣バロンもステージ裏の竹やぶに移動。
 その模様は以下、順を追った写真で見ていただくとして、深川バロン倶楽部の皆様、それに当方の無理な注文を深川バロン倶楽部のメンバーに伝える役目を引き受けていただいた逸見さん、ほんとうにありがとうございました。

 追伸
 このメモを作っている最中に、おいしい野菜公園事務局で今回のイベントを仕切っていただいた事務局長からお礼の言葉がmailで流れてきました。
 ここに紹介させていただきます。


逸見幸生様

フルメンバーでの公演、素晴らしい舞台でした。我々一同、心から感謝しております。
観客と一緒に、ただただ感動しておりました。
それにつけても、お礼の気持ちを形に現すことができなくて申し訳ない気持ちでいっぱいです。
「深川バロン倶楽部」のお姉さま、お兄さま、皆さん輝いてました。
うらやましいかぎりです。
わが熟年集団『おいしい野菜公園2007』メンバー 一同、若い頃を思い出しながら、「負けたら あかん」と元気づけられました。
とにかく楽しかったです。
事務局担当として心からお礼申しあげます。今後ご迷惑にならない範囲で、またの機会を共有させて下さい。一日遅れのお礼で申し訳ありません。「深川バロン倶楽部」の皆様によろしくお伝え下さい。

坂本剛規



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↑コンサート前日の5月17日(土)に好人舍に搬入したバロンを会場ステージに運び出す。なんだか、日本の獅子舞のようにも、また、北米大陸の大型獣バイソンにも見えるなあ。日本の獅子舞は頭が重いが、このバロンは前部より後部が圧倒的に重かった。それにしてもキリッと立ち上がった尻尾の勇勇しいこと。惚れ惚れ!

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↑ステージに楽器類をセット。当初は楽器群をステージ左右に分けたが、ダンスのスペース確保や、お互いの音が聞こえにくいと言うことでステージ左に一群となる配置となった。

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↑ステージ奥から見たリハーサル風景。

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↑大きな空間でのリハーサル風景。

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↑開会の挨拶をする飯島代表。

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↑歓迎の踊り「パニャンブラマ」。女性7人による典雅で緩やかな踊りです。

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↑歓迎の踊り「パニャンブラマ」。花びらを蒔きながらの優雅なダンスでした。ステージを浄めると言った意味もあるんでしょうか。この踊りが終わると、ステージが実に生き生きとしてきましたので。

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↑仮面を付けて踊る「トペン」という踊りです。もともとトペンは仮面という意味だそうで、踊ってくれたのは本場バリ島のダンスの先生だそうです。

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↑『ワークショップをはじめます。一度ガムランの楽器に触ってみたい、音を鳴らしてみたいという方、ステージに上がって来てください』というアナウンスに、あっという間に20名が参加。

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↑影絵芝居の伴奏楽器「グンデル」による演奏です。二人が同じ旋律を奏でる静かな曲で、ボクにはDNAの二重螺旋がソプラノで歌ったとしたら、きっとこんな風に聞こえるんだろうと思って、聞いていました。竹林を渡る風まで薫香を漂わせるようでした。

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↑その楽器「グンデル」です。鍵盤の下に見える円筒形の部分は竹製の共鳴胴。鍵盤上に見えるバチは、鍵盤を叩く部分が円形で、バチ全体を人差し指と中指の間に軽く持って鍵盤を叩いていました。なんだかモーツアルトの音楽を聴いているようで、天国的な気分に浸っていました。

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↑第二部の始まりを告げるルジャン。女性6名による踊りで、神殿へ祈りを捧げにいくときの踊りだそうです。

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↑いよいよこの日のハイライト、バロンダンスです。中国のドラゴンダンスのようなアクロバティックな所作もなく、重々しく静かな舞踏なれど、大地を踏みしめて邪悪な神を叱りつけるようにも見え、圧倒的な存在感がステージ全体を支配していました。

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↑直径1mを超える大きな銅鑼を叩く逸見幸生さん。

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↑西洋のオーケストラでいうコンサートマスターに相当するのが、両面太鼓奏者。太皷を叩きながらリズム、緩急のテンポ、ダンサーとの交信を他の楽人に発信し、楽人全体を仕切っている、とても重要なポジションで、この公演では本場バリの方の参加です。このコンサートマスターと、終演後、会場の印象について聞きましたら、「いつも演奏する環境はクローズドのコンサートホールやコンクリートに囲まれた空間なので、このようなオープンエアの会場で演奏できて、ほんとうに嬉しかったです。バリそっくりの竹林だったことも、私にはとても気持ちよかった」とおっしゃってくれました。どうもありがとうございました。

追伸備忘-壱
 仕事部屋の本棚の奥に50ページ前後のA4モノクロコピーの束がある。ガムランを聞きに行ったおりの小冊子コピーで、オリジナルはひとに貸したまま帰って来ていない。そんなこともあるかとコピーをとっておいたものだが、今になってみるとカラーコピーにしておけばよかったと後悔している。いや、カラーコピーはまだまだ低価格では利用できなかった時代で、白黒がくっきり付くゼロックスか、たとえ全体が青っぽくなってしまってもグラデーションというか諧調が豊かな青焼きか、印刷屋さんの店先にたたずんでどっちでコピーをとろうか相当な時間、迷った覚えがある。ゼロックスにしろ青焼きにしろ、モノクロコピー代といえども現在に比べて目の玉が飛び出るほど高価だった頃で、それで店先で瞬時に決めかね悩んだのだ。
 小冊子のデザインは杉浦康平さん。雑誌『銀花』を見るようなレイアウトで、クリップで留めてあるそのコピーの一番最後のページをめくると、「楽舞夢幻ダルマ・サンティ舞踊団公演」となっていて、昭和57年(1982)10月6日(水)の国立劇場小劇場公演のガムラン解説を兼ねた小冊子であることが分かる。
 内容も、本棚にあるその他のガムラン本よりコンパクトでしかも読み応えがある。

 小冊子のページをめくりながらタイトルをあげると、
・「魂の呼応 音楽と舞踏」田村史子
・「音楽と舞踏」演目解説
・「ガムラン小百科[踊り・楽器・衣装・仮面]」田村史子
・ガムラン随想「飛翔する音」武光徹
・太陽の色「舞踏と衣装」菅洋志(写真)
・バリの歴史「蘇る大地」永積昭
・公演舞踏「パンジ物語、ババッド物語」松野明久、生田滋
・バリの社会「濃密なる世界」加藤剛
・世界観「循環する天地」吉田禎吾
・生活、宗教、暦「神がみの刻む日々」吉本忍

 結構すごい内容でしょ。当日はこの小冊子をぱらぱらとめくりながら、舞台に向かって右手奥に座ってじっと開演を待っていた。この日、ボクが聞いたプログラムは、ソロポック+バリス+マヌック・ラワ+トペン(ダラム・ドゥコット物語)となっていて、日本公演の2日目だった。
 公演日程は10月5日が初日、(翌6日の2日目を見たわけだが)、8-9日=ラフォーレ原宿、11日=宇都宮市文化会館、15日=滋賀会館、16日=神戸文化ホール中ホール、17日=京都会館第1ホール、20日=広島市青少年センター、22日=大分県立芸術会館、23日=武雄市文化会館、25日=鹿児島県文化会館、27日=那覇市民会館。このスケジュールを見る限り、西日本各都市を駆け巡り、急ぎ足でバリへと帰って行ったことが分かる。
 その後、バリからさまざまな舞踏団が毎年のようにやって来て、その大半は必ず東京公演を開いてくれるので、一晩だけ、聞きに行ったものだ。一度だけタガス・グヌンジャティ歌舞団の追っかけをやったことがある。ほぼ10年後の平成2年の夏、タガス・グヌンジャティ歌舞団の来日公演が東京・芝の増上寺、深川の今は思い出せないお寺の境内で催され、この公演はお寺や神社の境内での公演にこだわった公演だったように思う。その最終公演が和歌山県新宮市の渚の宮で、そこまで追っかけで聞きに行った。この会場がbaliそっくりで、黒潮に乗ってやって来たミクロネシア人たちがこの熊野の渚に船を乗り捨てて、さあ、お腹も減ってはいるけど、まずは陽気にやろうよと言っているようだった。

追伸備忘-弐
 小泉文夫先生の『人はなぜ歌をうたうのか』(冬樹社)に中から、[ジャワのガムラン音楽の特徴]という見出しで整理された文章があります。一言でガムランを説明するのは難しいので、西洋音楽との対比でこんな説明している。なるほど! なのである。
「合奏の仕方に特徴があります。たとえばその中にとくに重要なところがあると、西洋音楽の場合だったら、その音は重要ですから、原則として大きな音を出します。たとえば、バッハの音楽などで、フーガにおけるテーマは非常に重要です。下の方に、左手の小指を使って演奏しなくてはならないところにテーマが出てくると、そこのところをわざと強い音を出し、他の音を抑えながら演奏するという風に習っていますが、インドネシアのガムラン音楽では、重要な音は、重要だからこそ逆に、小さな音で演奏することが珍しくありません。
 それから、旋律の重要な骨組みになる音は、わざと遅れて出すこともします。他の楽器といっしょにポンと出すのでは目立ちませんから。ジャワの楽器はほとんど叩く楽器ですから、目立つためには変わった音で叩くか、ないしは遅れて叩くのです。そうすると、その音が非常に重要だということが分かるのです。」
 西洋音楽の考え方とインドネシアの音楽の考え方には、こんな基本的な差異があったんですね。先のコンサートでも、ドシャーンと大きな音で締めくくった直後に、小さな音で次なるメロディーを奏でていたケースが多々ありましたが、ああ、あれだったんだと納得。
by 2006awasaya | 2008-05-19 21:43 | 真剣!野良仕事

【真剣!野良仕事】[73=梅干し入り竹の皮シャブリ]

2008.5.19(月)
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↑シマさんが作ってくれた「竹の皮シャブリ」です。見えている面が上あごに当たる。
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↑「竹の皮シャブリ」の裏側。こちらが舌に当たる面。産毛がきれいに取り除かれていないと、舌の表面がチクチク、イガイガになる。
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↑「竹の皮シャブリ」の内側。やはり紫蘇が入っているといい色になる。タネは抜いておく。

シマさん手製の「竹の皮シャブリ」

 タケノコを掘りながら、「竹の皮に梅干しを入れて、よく飽きずに何時間も、しゃぶりましたよね」と、海坂藩作事奉行の阿部さんに問い掛けました。
 いつもはまずニヤリと表情を崩し、口ひげを撫でながら「そうそう、美味しかったよね」とか、「その竹の皮で面白い話があるんですよ」と話題の枝葉を広げてくれるのですが、なんとしたことか一瞬、間を置いて、きっと記憶の戸棚をチェックしていたんでしょうね、「やったことないなあ。庄内には竹林がなかったからなあ」と、同じ東北の秋田出身・鷹島さんに助けを求めるごとき視線を送る。
 鷹島さんも「秋田にも竹林がなかったから、知らないなあ。梅干しを竹の皮で何すんの?」と、ボクに尖った視線を向ける。
 ええ? 日本て、ずいぶんと広いってこと? 北国ではこの竹の皮シャブリ、実際にはなんて呼んだのか、筍チュウチュウだったか、梅干しチュウチュウだったか、あるいは名前は特段なかったのか、いずれにしろ、竹の皮をシャブったりしてなかったですかと、愛媛出身の坂本さんに聞いたら、「やったよ」。ああ、仲間がいた。すると、井上さんの奥様も「私もやったわよ」と、心強い賛同体験。「竹の皮に生えている産毛のような毛がイガラッポクて、包丁で丁寧にこそげ落とさないと大変なことになる。そんな覚えがあるなあ」と。
 でも、肝心の作り方が分からなくなっちゃった。
 そこで、畑の関連する大概のことで分からないことが発生したら、まずはシマさんに聞けという教訓どおり、畑で作業をしていた今年91歳のシマさんに聞いてみた。
「ええ、ええ、子供時分にこのおしゃぶりをポケットに忍ばせて学校に持っていったりした覚えがありますよ。友達と色の鮮やかさ、梅干しの甘さなどを自慢し合ったもんです。昔は紫蘇の赤い色で梅干しを漬けたから、竹の皮も真っ赤になって。で、作り方? え? 作り方が分からない? タケノコの先っちょの、柔らかい皮を使うんですよ。やっても出来なかった? ヘンだわね。出来ないはずはないんだけど。折り返したときに竹の皮が割れちゃう? それは外側の皮を使うからですよ。外側は硬いからね。一番内側の、しかも先っちょの柔らかい皮を使うんですよ」と、具体的な回答をいただく。

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↑畑で作業中に教えてもらったので、ゴム手袋のまま。「もっと先っちょの、柔らかい皮を使うんですよ。これは少し大きすぎるけど、分かりやすいように大きいままにしましたよ。実際にはもっと細身にして、自分の口の大きさに合わせて作ったもんです」と、シマさん。

さらに、驚愕の新事実! 味噌入りもあった
 
シマさん 梅干しだけじゃなく、味噌でもやったもんです。味噌を挟むと竹の皮が青くなるんですよ。
ハセガワ え! 梅干し以外に味噌でもやったんですか?
シマさん 紫蘇で漬けた梅と紫蘇で染めない梅、それに味噌の3種類はこの時期、いつもポケットに持っていたなあ。赤と青がきれいだった。だれのがきれいな色か、比べたりしたもんです。

 その晩、自宅でボク、作ってみたのですが、昔、子供時分にしゃぶった竹の皮のおしゃぶりが残念ながら出来ませんでした。繊維に沿ってすぐに割れてしまい、梅干しだけがその隙間から飛び出してしまう。口の中の感触も大違い。嗚呼。
 翌日、シマさんに愚痴ったら、なんと、現物を作ってくれた。嗚呼感激。
「でも、味噌が青くならなくて。最近作る味噌、きっと塩を減らしてるからかしらね。昔作ったのは、すぐに青くなったもんです。実物を見せられなくてごめんなさいよ」と、シマさん。
 とんでもありません。
 いろいろお騒がせして、こちらこそごめんなさい。
by 2006awasaya | 2008-05-19 18:13 | 真剣!野良仕事

【真剣!野良仕事】[72=薫風コンサート ガムランの調べ 第5弾]

2008.5.17(土)
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↑3次の拡張を経たコンサート前日5月17日(土)の最終ステージです。ボロ隠しの生け垣も完成。ステージ手前には、コンクリート養生用のクッション入りシートを敷き詰め、当日はこのシートの上に、購入したばかりのブルーシートを敷きます。受付でこの日の演目を説明したチラシといっしょにビニール袋をお渡ししますから、履き物をその中に入れ、自分の地所を確保してください。ステージに近いかぶり付きが断然おすすめです。すべてが自由席です。地元の子どもたちもたくさん聞きに来る予定です。ですから、子どもたちに遠慮せず、自分の席を確保してください。

いよいよ明日、竹林に響き渡る青銅の妙音!

 本日、おいしい野菜公園のメンバーでもある細谷さんの2トントラックで、深川の富岡八幡宮の倉庫から、ガムランの楽器一式とバロンダンス用縫いぐるみ(なんと自重80kgもある縫いぐるみ)をコンサート会場へ搬入してきました。
 天気予報でも明日5月18日(日)は晴天。なんとか無事にコンサートが開けそうです。楽器を搬入しながら、だんだんと盛り上がってきました。明日のコンサート開始が待たれます。
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↑バス停から会場への要所要所に、こんな案内板を設置しますので、ご安心ください。
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↑会場入口です。奥に見えるこんもりとした樹叢の中にコンサート会場があります。
by 2006awasaya | 2008-05-17 22:04 | 真剣!野良仕事

【真剣!野良仕事】[71=薫風コンサート ガムランの調べ 第4弾]

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↑ガムランコンサートのステージは、5月7日(水)、飯島さんと松本さんと坂本さんの3名でなんとか作ってくれました。タテ3.5m、ヨコ7mのスペースで、ここにガムランの楽人たちが着座。観客は手前に敷かれるブルーシートに座る予定です。

薫風コンサート詳報

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↑竹林コンサート会場の受付には、こんな横断幕を掲げる予定です。ヒラヒラがたくさん付いたこの布は、ネパールの宗教行事に使うものとかで、曼荼羅研究に没頭した時期の松本さんの蒐集品からチョイスしました。
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↑「焼きタケノコwith辛味噌」です。コンサート会場造成班の昼食に供されたうちの一品で、掘り上げたばかりのタケノコを、皮を剥かずにバーベキューの網の上に。こんがり焼けたところを、ナイフを入れて皮を剥き、辛味噌をベッチャッと塗って火傷しないように頬張ります。野趣満点の春の味です。
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↑コンサート当日に配る予定にしている当日のスケジュールと帰りのバス時刻を資料にまとめましたので、ご覧ください。

 5月10日(土)、恒例の田植えの日ですが、チームを二分して、田植え班とガムランステージ造成班に分かれ、それぞれの作業となりました。この日は午前中からぱらぱら雨、午後からはザンザンと音を立てて降る中の作業です。
 夕方近くなって、ガムランチーム「深川バロン倶楽部」の逸見さんとダンス部門の責任者が会場視察でお見えになり、私たちが作ったステージを見るなり、『大変な作業、ありがとうございます。何とも立派なステージに感激しています。ところで、ここまできれいに仕上げていただいたのに、大変申し上げにくいお願いなんですが、実はもう少し広いといいんですが、そんなことは実現可能でしょうか。ご無理でしょうか』と。
 この企画当初は10名前後のガムランチームの予定でしたので、踊り手2〜3名と楽人6〜7名の小編成のミニコンサートだったのですが、逸見さんの所属する「深川バロン倶楽部」がチカラを入れてくれて、日本風に言うと獅子舞に当たるバロン、重さ80kgはあろうかと言う大型の聖獣を登場させてくれることになり、そうなると、このタテ3.5m、ヨコ7mのスペースでは若干狭い。そこで先のお願いとなった訳です。
 この提案を雨の降る現場で聞いていた飯島さんと松本さんと坂本さんのお三方は嫌な顔もせずに了解し、コンサート当日までにステージの左右と奥行きを拡張してくれることになりました。まったく有り難い。竹林に青銅器の妙音が響き渡るコンサートが待たれます。
by 2006awasaya | 2008-05-11 18:09 | 真剣!野良仕事

【真剣!野良仕事】[70=雨後のタケノコ]

2008.5.2(金)
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↑4月26日(土)、飯島農園の竹林にて。脇についた目印があるタケノコは掘ってはいけませんよマーク。このタケノコはこのまま掘らずに成長してもらうのです。
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↑まさに雨後のタケノコの図。

正しいタケノコの剥ぎ方、茹で方

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↑飯島さん曰く。「案外、みなさんご存じないんですね、タケノコの皮の剥き方、茹で方を」と言って竹林へ駈け戻り、こんなに見事なタケノコを掘り上げて来てくれました。

 越年で竹林の整備が済んで、みな、今年はいいタケノコがたくさん穫れるよと期待に胸膨らませていた春がやって来た3月下旬、おいしい野菜公園2007の事務局長であり、竹林整備の総指揮者の坂本さんから「そろそろタケノコ掘りの時期が来ますが、今年は乱獲しないよう、大きく育てる竹には目印を付けて、管理しながら見て行くことにしませんか」とアドバイスがありました。
 昨年も、タケノコ掘りに開放していた竹林ですが、無闇矢鱈とクワを振り下ろす人もいたりして、タケノコのほんの先っちょだけを切り落としてしまったり、掘り上げた姿形が多分、掘った人のイメージに合わなかったと言う理由で放擲したり、なんとももったいない有様だったのです。そこで、今年はクワの振り下ろし方をガイダンスしてから竹林へと誘い、目印がついているタケノコは掘らないでくださいと言うメッセージを告げてありましたから、来年もきれいな竹林のままでいられるようです。
 それでも、毎週末、結構な人数のタケノコファンがこの竹林に入りますから、資源が枯渇してしまうのではないかと心配になりますが、週末前の木曜か金曜日には必ず一雨来てくれて竹林を濡らし、『ものの喩え通り、雨後のタケノコとはよく言ったものですね』という言葉が畑のメンバー間の挨拶言葉となっていたくらいでした。
 それはそうと、実はボク、タケノコを茹でたことがなく、飯島さんに「プロが茹でたタケノコ、ありませんか?」なんておねだりしたんです。
 すると、「茹で方は去年、あれほど教えたはずなのに、1年経つと忘れてしまう人もいるんだ」と、妙に納得する表情で見返され、「ああ、残念! 昨日まで茹でたタケノコがあったんだ。あれ、待てよ、冷蔵庫にあったかな。ああ、いやいや、食べちゃったんだ。ああ、残念」と声を立てて大笑い。こんな気遣いをしてくれる方なのですね。
 そして、「長谷川さん、意外と言っちゃあなんですが、タケノコの茹で方って、案外みなさん、知らないんですよ。きっと、皮がうまく剥けないってこともその理由なんじゃないかなって思ってるんですが、知ってます? 皮の剥き方?」と問われて、へどもど。
「きっちりと教えますから、帰ってからやってみてください」と言って、竹林へ駈け戻り、立派なタケノコを掘って来てくれたんです。それがはじめに掲げた写真です。
 以下、料理教室風に、写真を並べてお教えいただいたコメントを添えることにします。

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↑掘り立てのタケノコを水で洗って準備ok。
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↑タケノコの首根っこを押さえて、ぐさっ、ぐさっと先っちょにむけて包丁を入れます。
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↑包丁を入れ終わったら、親指を切れ目に入れて、多少乱暴な、蹂躙するようなチカラの入れ方で皮を剥きます。
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↑どうです、こんなにきれいに剥けました。根っこの赤いところは食べません。子供時分、この皮に梅干しを包んで、何時間でもチュッパ、チュッパと舐めたりしていたなあ。酸っぱい梅干しがなぜかタケノコの皮に生えている毛の具合で甘く感じられたりして、何時間でもしゃぶっていたなあ。三角形の紙のように薄い経木で包んだ納豆のような形だったなあ。
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↑ついでにもう一個、同じように巧く出来るかやってみました。このタケノコは、本当はもっと深いところを掘らなくちゃいけなかったのですが、誤って先っちょ部分にクワを入れてしまったタケノコです。
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↑次に、茹で方に移ります。米ぬかといっしょに茹でるのですが、タケ茹での先輩、鷹島さんが「お茶っ葉などをいれる紙製の小袋がありますでしょ。あれに米ぬかをいれるといいみたいですよ。散らからないし、後始末も楽だし」と言ってましたので、台所を捜したんですが、どうにも見つからず、ウチで使っている三角コーナーネットを代用しました。
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↑スパゲッティを茹でる鍋に、三角コーナーネットに入れた米ぬかを落とし、煮立たせます。
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↑米ぬかが入手できない場合はお米を入れてもいいようですが、その場合は当然ながら不洗米は不可です。ごく普通のお米を使用のこと。タケノコと米ぬかを投入してから沸騰させます。
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↑沸騰させてから30分経過した状態。やはり鷹島さんが薦めていた紙製の小袋がよかった。三角コーナーネットから米ぬかがじわじわ出てくる。
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↑飯島さんは「50分から1時間は茹で続け、鍋のまま一晩置くと、エグミもしっかりとれます」という教えだったので、落としブタを落としてさらに20分、茹で続け、この状態で一晩置いた。するとまあ、根っこのあたりも柔らかく、エグ味がまったくないおいしいタケノコが出来ました。

飯島さんからの念押し
 筍の茹で方ですが、煮立った湯でなく水から茹でた方がいいと思います。その方法しか茹でたことがないのです。茹で上がってから、火を止めてそのまま8時間置いておくことが、おいしい筍を食べるポイントですね。朝取りして、すぐ茹でても夜ですから、掘って食べるのは翌日と考えていたほうが妥当ですね。長谷川さんは沸騰した鍋にタケノコと米ぬかを投入してと、当初は書いていましたが、「根菜類は水から、葉野菜類は沸騰したお湯から茹でる」という伝統的な口伝がありますから、タケノコもこれに従った方がいいと思います。
長谷川からの報告
 本日(5/4)秩父にてタケノコ掘りをし、水から茹でたのと、お湯から茹でたふた通りをやってみましたが、実は味に大差はありませんでした。掘り上げてから茹でるまでの時間差が味に出るのでしょうか。エグミは米ぬかといっしょに茹でてから8時間、置いておくから取り除けるのではないかと、これは飯島さんが言っていたことなんですが、今度は茹でた直後と8時間経過したタケノコの味比べをしてみます。
by 2006awasaya | 2008-05-02 22:59 | 真剣!野良仕事

【真剣!野良仕事】[69=一坪農園グラフィティ]

2008.4.12(土)
一坪農園に参加されたみなさまへ
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↑飯島代表から各区画での作業について説明を受ける『一坪農園主』のみなさま

 3月下旬から、船橋農産物供給センターの野菜直売所「味菜畑」で募集を開始しました『一坪農園』の参加者が、なんと60名を数えました。
 実際には4月12日(土)の9:30から11:00にかけて、トウモロコシの種播きとエダマメの定植をしてお帰りになったのでしたが、参加された農園主の方々からの質問で一番多かったのは、以下の2点だったように思います。
「成長具合を見に来てよいか?」
「定植作業中に、『これから暖かくなると雑草がすごい勢いで生えてきます』と言われたが、自分も雑草取りに来てよいか?」
 飯島代表は、この質問を受けたとき、恐ろしいまでの笑顔で、「ええ、ぜひ来てください!ぜひ、草取りをしに来てください」と返事をされていました。実際に草取りは腰を屈めて作業をしますので、結構辛い仕事なんです。どうか、ご自分の植えたトウモロコシとエダマメが順調に育っているかどうか、毎週のように見に来てください。そして、草取りを終えて、共に恐ろしいまでの笑顔で挨拶し合うことにしましょう。
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↑飯島代表から区画の番号札をもらって作業開始。
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↑黒いマルチシートに開いた穴に、まずはトウモロコシの種を播きます。粒が隠れるほどに上から土を被せます。広いスペースだと、「権兵衛が種播きゃ、カラスが啄む」という昔話の絵本に出てくるようなシーンになってしまいますから、プロはテグスを張りめぐらせたり、トンネルを掛けたりします。こうしておけば、鳥たちを呪うことはぐっと減ってくるはずです。
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↑こちらはエダマメの定植。一つの穴に苗を2本、植えて行きます。
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↑こちらは結構いい段取りで定植をされた方です。

と、ところが
 ところが、定植を終えた1週間後、一坪区画は大変なことになっていたのです。
 ふつうは定植を完了したら、種は鳥に啄まれないように、また新芽はやはり鳥やウサギなどに食べられないよう、トンネルを掛けるのです。こうしておけば、だいたいこうした被害から守れるのですが、この日は人手がなくて、トンネルの覆いを掛けないでいたのです。
 ボク自身も、『来週に人手が集まるだろうから、その時にトンネル掛けをすればいいか』と、そんな風にのんきに考えていたのです。でも、これがやはりというか、労を惜しんだというか、植えたばかりのエダマメの新芽がウサギに食われてしまっていたのです。
 4月19日(土)に、メンバーが集まり、新芽を食べられてしまったエダマメを植え替えし、植え替え終了するのを待ってトンネル掛けをしました。ああ、先週、この作業をしていれば、こんなことになることはなかったのです。当たり前の教訓! その時にしなくてはいけない作業は、その時に済ましておかなくてはいけないのです。ああ、後悔後悔!
 ところで、定植のやり直しで腰はズキズキと痛く、もう笑うほかありません。この日、普段以上にメンバーのみなさん、笑顔が濃かったようでした。山登りを終えて下山する際、膝ががくがく。これを膝が笑うと山屋さんは言いますが、農耕人は「今日はどうしたことか顔が笑っちゃうよな」と茶化すのでした。この笑顔を共有できるようになると、いっぱしの農好人となれるのです。

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↑1週間後、新芽が見事に食われてしまいました。よく、イノシシにやられたとか、猿に美味しいところだけ食い尽くされてしまったとかの被害報告を耳にしますが、天を仰ぐほかありませんよね。
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↑メンバー全員で、新芽を食われたところを植え替えし、さっそくにトンネル掛けをしました。実にいい笑顔ですね。
by 2006awasaya | 2008-05-02 18:39 | 真剣!野良仕事