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【真剣!野良仕事】[122=お米の話(4)]

2010.6.24(木)

水無月、お米のコト寄せ
 当初のスケジュールでは、5月8日(土)の田植えを前に5月2〜5日に代掻きを行なうはずでした。いつ頃、代掻きの召集がかかるんだろうな、わくわく。
 すると、5月3日、鷹島さんからメンバーにグループメール。

鷹島です。天候も安定し、いよいよ田植え季節となりました。
予定とおり、今週末に田植えを実施いたします。
1.集合    5月8日(土) 9時 好人舎
2.その他 田んぼ用長靴をご準備下さい、
 田んぼの現在の状況は、昨日から代かき作業をはじめております。
 本日までに2反が終了し、明日残り1.5反を実施し、完了の予定ですので、
 田植えは問題なくできますので、ご参加お願いいたします。


 そうか、待ちに待った田植えだ。メンバーからも、「ご連絡ありがとうございます。5/8(土)午前9時からと午後の作業に出席します」とか「はい了解」とか「誠に残念ながら先約あり」とか「都合で出られません。後日、倍返しで奉仕します」とかの返事。みんなもこの日を気にかけていたんだということが伝わってくる。

 ところがです。

 代掻きについては、「もう済ませつつあります」とある。
 鷹島さん任せで、全く申し訳ないと素直に低頭する一方、その作業を体験したことがないだけに、ちょっとだけでもやってみたかったと、無い物ねだりをする子供じみた無念もわずかにあり、まったくへんてこな気分でグループメールに返信したのです。

ご連絡、ありがとうございました。
5/8は定刻通り、長靴で伺います。


 数年前、イワンボ拾いに熱中していた時分、南房総の富山(とみさん)のふもとの棚田で代掻きをしているシーンを、時の経つのも忘れて眺めていたことを思い出していたのです。そのときの長閑な情景を思い浮かべて、船橋でもあのときと同様、鳶などの猛禽類が上空を旋回しては獲物めがけて急降下してくるかしら。もしも、そうなら三脚と長い玉の用意もしっかりしておかなくてはと、撮影機材のことなどに思いを巡らせていたのでした。
 あのときは水を張った田んぼに、小さなトラクターが1台、ゆっくりのんびり、田んぼを起こして回っています。上空にピーヒョロヒョロ、ピーヒョロ、と数羽の鳶が円を描いています。漁港が近いので、ふだんは水揚げのおこぼれを狙っている鳶ですが、こんな山際にまでテリトリーを拡大していたんですね。
 すると、一羽が急降下するのが目に入った。トラクターを運転するおじさんめがけて鳶が急襲するように見えたのでびっくり。ヒッチコックの「鳥」さながらのシーンでしたが、実際には、鳶は人を襲うことはなく、トラクターで天地返しをされ、あわてて顔を出したオケラやヘビやドジョウやミミズがそそくさと土中に戻っていこうとしているその瞬間に狙いを付けて急降下していたのでした。トラクター上空20mほどを旋回しながら、風切り翼で鍔鳴りをさせて降りてきたかと思った次の瞬間、あの鉤爪でヘビを鷲掴みにして上空へと舞い上がる。
 上昇中にも鋭い嘴で味見をしたり、仲間の鳶が横取りをしようと、襲いかかったりと、時が経つのも忘れるほど、華麗でエキサイティングな空中戦でした。

 鷹島さんからのメールに返事をしながら、ああ、あのシーンは見られないんだと思うだけで、肝心の「代掻き」の意味を、ボクは理解していなかったんですね。

 なんとも恥ずかしい過ちを、田植え当日、犯してしまったのでした。田植え写真に引き続いて、告白と参りましょうか。

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↑この「春風」号が今年も活躍しました。エンジン付き1輪車で、2条植えマシーン。ご老体ゆえ、なかなかエンジンがかかりません。どうか来年も元気でいますように。
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↑中央の農道の左に1.5反、右に1反。この農道の先に用水路があり、用水の下流にポンプ室があり、汲み上げられて再び農道の両脇にきられた溝に帰ってくる。循環型なのだ。
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↑「全くの初めて」という割には、ご覧のようにぶれることなく直線を維持しながら田植えをする秋山さん。ご本人は「マグレです。ビギナーズラックですよ」と謙遜。春風号にはガイドラインを付けるトレーサーが装着されていて、この写真で説明すると、右側の、すでに田植えをすませた畝を田植えしている最中に、左側にガイドラインを付けながら進んでいる。このガイドラインを目印に田植機を直進させれば、きれいな田植えができるのだが、日差しがまぶしいこともあって、水中下に引かれたそのガイドラインがなかなか見えない。この日、秋山さんと高橋さんがサングラスを掛けていて、日差しに邪魔されずにこのガイドラインがよく見えたという。どうりでこのお二人、曲がることなく直線で田植えができた。教訓。田植えにサングラス。これニッポンの常識!来年は常備のこと!
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↑サングラスをしなくても、直線的な田植えができた阿部さん。
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↑この人数で2.5反、植えました。


 昨年、一昨年と、一人で米作りに挑戦してきた鷹島さんですが、今年は三度目の挑戦です。
 初回はきっと先輩である飯島さんの指示どおりに、できる限り作業工程で疑問を感じつつも、言われるままに、指示されるままに作業を進め、秋を迎えて収穫となったのでしょう。
 2回目は様々な疑問に自分なりの解決策を講じつつ、試行錯誤を重ね、それなりの収量を確保したに相違ありません。
 そして今回3回目は思いも新たに改良工夫を実行してくるに違いないと、ボクは睨んでいたのです。

 田植え初日、田植え作業の模範を示すべく、田植機を田んぼに乗り入れた鷹島さんですが、ボクはできる限り間近でその胸の内を知りたく思い、田植機を操縦する鷹島さんと並行して田んぼに入ってしゃべりかけたんです。

「前年とはやはり気分的にも違いますか?」
「とろとろぐあいはいかがでしょうか?」
「水位はこんなもんでいいんでしょうか?」
「苗が活着するまでどれくらい見てますか?」

 およそ、そんなことをしゃべりかけていました。でも、エンジン音がけたたましくて、鷹島さんにはほとんど聞こえていなかったのでしょう。
 作業交代時か、お昼時にでも話を聞いてみようと、抜き足差し足で近くの畦に這い上がり、農道に戻ってきたところに飯島さんがいて、「長谷川さん、前代未聞の風景を見てしまいましたよ」と、にこやかに笑っているではありませんか。

 その問い掛けの意味が咄嗟には理解できぬまま、「前代未聞ってなんですか?」と問い返すと、表情を消して、田んぼの代掻きの意味を諄々と説き聞かせてくれたのでした。

「水を張って代掻きを済ませた田んぼは、畑に喩えると、鍬で起こして、きれいに畝を整理した状態です。これからそこに種を播くわけですから、足跡すら残したくないでしょ。代掻きを済ませた田んぼに一番最初に入るのは一輪車の田植機で、田植機の両サイドに植えられた数株の苗は、田植機の轍も、人の足跡も畝と畝の間に残るだけで、苗にはほとんど影響しない。無事に活着してくれるように今年もよろしくと祈りながら田植えを進めていくのです。ところが、これから田植えをしようしている田んぼに、長谷川さんが歩いて作った足跡は、いまは水面下で見えませんが、そこは穴ぼこになっていますから、苗が浮いちゃいますよね。私、実は代掻きを済ませた田んぼに、田植え以外で入った人を見るのが初めてで、それで前代未聞といったのですが、分かります? そういう意味なんです」と。

 ボクの行為は不用意に不注意に穴をあけてまわっていたのです。このときほど、穴があったら入りたい思いに駆られたことはありませんでした。

 立場を代えてみると、モノごとはより整理されて見えてくるものです。飯島さんがボクで、ボクが飯島さんだったとしたら、どうだっただろうと。

 飯島さんは「前代未聞」と言いましたが、ボクだったら苦い表情で「傍若無人!」と、感嘆符をつけて大袈裟に告げたでしょう。レッドカードを突きつけて、即刻退場を命じたかもしれません。さらに、言葉も選ばぬままに、退場するボクをなじったかもしれません。

 待てよ。田んぼから畦に這い上がり、飯島さんが一人立っていたシーンまで記憶を戻してみる必要がありそうです。皆と少し離れたところに立って、ボクが田んぼから上がってくるのを、にこやかな表情で待っていたとボクは錯覚していましたが、実は「にこやかな表情」でいられるはずはないのです。飯島さん独特の、困惑したときの表情だったのです。
 まことに恥ずかしいことをしてしまいました。

 今春、代掻きを経験されなかったみなさま、どうか、前代未聞の足跡を残しませんように。

 待てよ。似たような恥ずかしい記憶がありました。もう40年も前の話です。
 ボク、嬉しくなると、前後左右の空間認識がおかしくなってしまう癖があるんです。
 おっちょこちょいでは済まされぬほどの逸脱。

 学生時代のことです。学園封鎖で校舎にバリケードを張り、籠城立てこもりをする一時期がありました。ボクの立場はノンポリです。校門の外から封鎖された校舎を見上げていたら、仲のよい後輩が手を振って挨拶をしてくるんです。ボクも手を振って「がんばれ!」と叫んだところ、校舎の上から「はーい、がんばります!」と返答。その返答が女神のシャンペンを浴びたように嬉しかったんでしょうね、「心配するな、頑張れよ」と、その後輩の個人名を大きな声で呼んで励ましたことがあったのです。

 あのときの絶望的な恥ずかしさと、今回の前人未到の恥ずかしさが、ほぼ等質でした。40年まえに投げ捨てた恥は、ブーメランとなって暗黒の天空を飛翔し、40年の周期を経てふたたびボクのところに還ってきた。意味と意義は全く別の事柄ながら、イトカワとはやぶさの関係にも酷似した運命的なものを感じないわけにはいきませんでした。

 お米にこと寄せて、恥ずかしきことを皐月と水無月の連続で多々、披露しましたが、今後はもう少し前進的な意見を取りまとめることにしたいと思います。

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↑田植えを終え、飯島農園に戻ってきて、作ったばかりのビオトープに田植えをすることになった。こちらは30センチ間隔にマークしたヒモを両端で保持する2名と、田植え7人の総勢9名で完了。どこか宮内庁か伊勢神宮のお田植え式にも似た厳粛な面持ちあり。

[閑話休題]
 利尻から戻ったばかりという飯島さんと話をする機会がありました。6月21日、月曜日の夜のことです。
 まあ、話題が豊富な方ですね、いまさらながら感嘆。当然のことながら、昨日までいた利尻での見聞に始まり、イギリスのオックスフォード市の市民運動「オックスファム」がどうやら日本の生協の元になったという話、そして一転、遊休地となっている田んぼの有効利用をベースにおいた京都の「マイファーム」の活動に注目している話、ところが、船橋では休耕田になっている田んぼや畑の地主が貸し渋り傾向にあり、そうした土地を借り受ける困難さはおおいに高齢化と通底しているのではないかということ、などなど、農業を本線に、異聞奇譚を交えつつ、行きつ戻りつの楽しい数刻でした。

 長谷川はメモを取るのに大わらわでしたが、その話の途中、先のブログで田植え現場にての「前代未聞」という言葉を発したご本人が目の前にいるのを幸い、くどいと思いましたが、その真意を確認しておこうと、身を乗り出したのです。

長谷川 実は、飯島さんに田んぼでいわれた「前代未聞」という言葉について、根に持っている訳ではありませんが、ちょうどいい機会なので、長谷川の理解はあれでほぼ、間違いはないかどうか、あのときに話を戻してもよろしいでしょうか。
飯 島 利尻から戻ったばかりで、肝心の長谷川さんのブログをまだしっかり読んでいないんです。長谷川さんのお書きになったブログは正直に言うと、とても長いので、途中まで読んできて、あれ、何が書いてあったのかと、ときどき忘れちゃうことがあるんです。いやあ、ごめんなさい、こんなことを言って。で、まだひと通りしか読んでいないのです。でも、「前代未聞」という表現について少し、説明しておいた方がいいかなと。
長谷川 確かに長くなってしまうんです、ボクの文章。「ダラダラじゃなく、もっと簡潔に、要点だけを書けば!」と、いつも妻に注意されるんですが、こればかりはどうにもならないので、その点、どうかお許しください。で、「前代未聞」ですよね。
飯 島 ええ、「代掻き」についてのあの部分ですが、まるで長谷川さんが一方的に懺悔をしているような、そのように読ませていただきましたが、そこのところをもう少し説明しておこうと。
長谷川 ええ、まったくどうかしていましたね。おっしゃるとおり、懺悔そのものですね。もう二度と同じことは繰り返さないぞという反省を込めて、あの田植えシーンを振り返ったものですから、平身低頭、ただただ反省するしかありませんものね。 
飯 島 私、あのとき、長谷川さんの行為を非難して「前代未聞」と申し上げたんじゃないので、そのことをまず、説明しておきます。拠って来たるいままでの人生経験が自分と違うんだなあと。当たり前のことですが、そこが面白かったんです。ふつう、代掻きをすませた田んぼには入らないものです。でも、長谷川さんは入った。私には注連縄を張ったという表現は大袈裟ですが、畏れ多くてなかなか入れません。長谷川さんにはそもそも注連縄が見えてないというか、そんなもの、張ってある訳でもないから、ああ、入れる人がいるんだと。人それぞれというか、自分と全く違う人を間近で見たという面白み。
長谷川 そういう意味でなら、ボクが面白かったのは、あのときの飯島さんの表情がやわらかかったことかな。説明されて、ああ、自分は飛んでもないことをしてしまったという反省を長谷川がしているのですから、それに応えて表情を険しくするものでしょ。表情と話の内容がちぐはぐで、あれれ、どしたんだろ、ボクは?って、なんとも不思議な落ち込みようだったんです。阿部さんが慰めてくれましてね。農作業を知らない人間が農作業をするのですから、その作業の意味を事前に説明してくれると躓いたりせず、おおいに助かるんだがと、こんなつっかい棒で支えてくれましてね。
飯 島 そう、そうでしたか。でも、回復できないような失敗って、記憶に残るからいいもんですね。

 こんな失敗自慢へと話は移行して、それでは近いうち、またと言って散開したのです。「前代未聞」という熟語がふさわしいのか、それとも、普通と異なって珍しく、しかもでたらめなことを喩える「奇異荒唐」がふさわしいのか、さんざっぱら考えた末、やはり、僕の行為は「荒唐無稽に近い前代未聞」がふさわしいと自分の中では落ち着いた次第。

 またまた長ったらしくなってしまった。嗚呼。
by 2006awasaya | 2010-06-25 19:22 | 真剣!野良仕事

【真剣!野良仕事】[122=お米の話(3)]


2010.6.21(月)
皐月、お米のコト寄せ

 ここしばらく更新できませんでしたが、すでに2カ月前の「お米の話」4月分をアップします。
 御年92歳になるシマさんをして、「こんな不安定な陽気が続くようなら、この先行き、農家に未来はあるのだろうかと、つくずく考え込んでしまいましたよ」と、サニーレタスの出荷に忙しい飯島農園の畑の脇で、立ち話をしていたおりのことを思い出します。自宅から豊富まで車を走らせながら、わずかに窓を開けた途端、どこからともなくフローラの匂い。卯の花がどこかで咲いているんだろうな。春4月10日(土)のことです。この日は実にいい天気でした。年間のスケジュールどおりこの日は種まきです。種まきといっても、苗床を作ることですが、参加者は初めての米づくりですから、作業段取りもなにもかも、指示待ち状態。

 世話役の鷹島さんからこの日の作業概要が説明され、作業に入る前に簡単な自己紹介となりました。米作りに係わる夢の一端を、それぞれが気持ちを抑え気味に簡潔に披露した後、作業に入ります。

 わがチームは田植機を使って1.5反にチャレンジするので、田植機用の苗床(バット)を作ります。手植え用の苗床とは若干違いますが、田植え当日、その差異が明瞭になりますので、ここでは説明を省きます。

 専用のバットに、水稲育苗用培養土を敷き詰めます。育苗用培養土は粒状のさらさらした感触で、見掛けは小粒の玉砂利。専用バットの2/3の厚みにこの育苗用培養土を敷き詰め、この上に一晩水に漬けておいた種籾、今年はミルキークイーンという品種ですが、コシヒカリと対比した農水省のページ「新形質米品種の特徴と利用の概要」を見ると、全国的なトレンドである粘りが強く、冷めても硬くなりにくいお米、つまり低アミロース米ということで、今秋が待ち遠しい限りですが、その作業の有様は以下の写真でご覧ください。

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↑水稲育苗用培養土を専用のバットに敷き詰めますが、こんな木片で2/3の厚みをチェックします。
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↑これが水稲育苗用培養土。この袋で5袋使いました。
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↑メンバー紹介。米作り初めての秋山さんです。
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↑種籾の重量を量る金子さん。
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↑専用バットに培養土を敷き詰めたら、たっぷりと水を散布。散布するのは阿川さん。その作業を見つめるのは、左から小関さん、腕組みするのは坂本さん、左手を腰に当てているのが、われらがインストラクターの鷹島さん。
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↑スリットを調整することによって、バット1枚に指定の種籾数を蒔く専用の道具で、水を含んだバットの上に種籾を蒔いています。30枚のバットに種籾5キロの勘定です。サラサラ砂利状の培養土は、水を含んだとたん、ねっとりした粘土と化してしまうから驚きだ。稲の育苗洗脳の培養土とは、こういうことだったのかと納得。
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↑種籾は結構な値段がしますから、無駄のないように、慎重に慎重に。作業の慎重さがこの姿勢からも伺えますね。
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↑種籾を蒔き終わったら、ふたたび先ほどの育苗用培養土を厚さ1/3の加減で敷き詰め、覆土とします。この作業の最後にまたたっぷりと散水します。種籾は無菌の粘土によって包み込まれ、発芽のための苗床へ。
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↑苗床作りです。専用のバットを寝かせるベッドメイキング。ふつうの畑の一画に、苗床を作るのですが、水を張るので、水平にします。
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↑ビニールシートにバットを並べているところ。水平を出すのって、本当にむつかしい。
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↑イエロージャケットは高橋さん。これで本日は終了。全員集合で記念写真撮影。お疲れさまと挨拶を済ませたら、インストラクターの鷹島さんから「ついでに田んぼを見に行くことにしませんか」と呼びかけ。
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↑いやあ、一面、草ぼうぼう。「この草が種をこぼすと大変なことになるので、燃やしましょう」と鷹島さん。風下から火をつけて、約20分でこの範囲が燃えました。風上から燃やしたら、あっという間に燃え広がって、収拾がつかなくなってしまう。風向きには十分、気を付けなくては危険なのだ。ここで飯島さんからの伝言。「一人1本、棒キレを持っていってくださいね。意外と役に立つし、身を守る道具にもなるので」と。棒切れを持った途端、子供の頃に刷り込まれた記憶がよみがえってくるのか、男性陣はチャンバラ気分。
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↑炭になった部分に触ってみると、ほんの表面だけが燃えているのが分かる。枯れていない草はまったく燃えないということも、この野焼き作業で分かったこと。
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↑「これだけしっかり燃やしておけば、夏になって雑草に悩まされることも、あまりないんじゃないかと思います」と鷹島さん。皆さん、どこか、チャンバラにこころときめかしたころに戻ったような表情。なかでも金子さんはカメラを向けた途端にこのポーズ。武蔵の二刀流に憧れていたんだろうか。
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↑草の陰になにやら動くもの発見。野鼠だった。生物多様性は維持されていた。

乱高下する気温
 春になって、海老川沿いのサクラも咲きほころんでいるというのに、前後して雪が降ったり、氷雨になったり。その翌日は真夏のような蒸し暑さ。しまう時機を逸したまま、石油ストーブが部屋の隅で埃をかむった状態です。乱高下する気温。三寒四温どころか、一寒一温のサイクルには、体がついていけません。種まきをした4月10日(土)だけは極上の天気で、最高気温20度(最低気温10.7度)。

 ところがその翌日からふたたびちょっとおかしくなった。苗床は大丈夫だろうか、ボクの記憶はあてにならないので、メモしておいた最高最低気温。朝日新聞京葉版の船橋〜千葉エリアの気温は以下のとおりです。

11日(日)23.5度(14.8度)
12日(月)7.7度(7.5度)
13日(火)19.1度(6.3度)
14日(水)16.9度(11度)
15日(木)6.5度(5.1度)
16日(金)6度(4.4度)
17日(土)9.4度(1.1度)

 当初の予定では、4月17日は田んぼの草刈りと畦道の補修などでしたが、前日に鷹島さんからのmailで以下のような連絡がありました。

世話役の鷹島です。前回4月10日(土)はお疲れさまでした。その後、気温の低い日が続いており、苗の成長に影響がなければよいのですが。さて、予定では、明日の17日は「畔の草刈り」となっておりますが、別のイベントが予定が入っていること、天気予報もよろしくないので、4月24日(土)に延期いたします。9時に好人舎にお集まりお願いいたします。長靴は田んぼ用ではなく、通常のもので結構です。また、4月10日に種まきした種は、このような天気にもかかわらず順調に育っております。当日、観察してみてください。

 以上のような連絡があり、当日、時間どおりに好人舍に集合し、草刈り機などを担いで田んぼへ移動。田んぼに着くと、草刈り作業に熱中のあまり、記録としての写真撮影を忘れていました。作業を終え、ヘトヘト状態で撮ったのがわずか1枚だけ。いやはや、お疲れさまでした。

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↑多分、参加メンバーが気にしている苗の生育状況。トンネルの中をのぞくと、もう一枚、保温のビニールが掛けられていた。
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↑その保温用の上掛けをそっとめくってみると、ご覧の通り、順調に推移していた(4月24日現在)。乱高下する気温にもめげず、順調に育っていた!
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↑この日はもっぱら草刈り。でも、まだ雑草たちはおとなしい表情のままだった。いつかは猛々しい素顔を見せるのだろうな。農道で参加メンバーの方々と記念写真。

 この翌日からふたたび天候は乱高下。鷹島さんから、田植えの連絡が入るのを心待ちしつつ、散会。
by 2006awasaya | 2010-06-21 19:42 | 真剣!野良仕事