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【真剣!野良仕事】[156=一緒に米作り、しませんか ⑦]

2011.5.30(月)
今年の神田は日本晴
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↑2011.5.21、12:15、飯島農園の竹林にて。昨年の神田で収穫したお米を、薪とお釜で炊いたご飯です! お米の品種はコシヒカリで、粒も大きく、お釜で炊いたからでしょうか、艶も食味も素晴らしかった。本当は塩ムスビにして頬張りたかったが、皆さんがお茶碗で食べているので、一人自我を通しみなさまに叛旗を翻すわけにもいかず、お茶碗に盛ってもらっていただきました。塩ムスビで食べたかった。
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↑2011.5.21、15:05、神田にて。水がうまく抜けず、ヒザすれすれ。ボクはもっぱら水掻き人足担当。バケツで20〜30杯はかき出したが、まだヒザ下すれすれ。
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↑2011.5.21、15:20、田植え完了。左から鷹島さん、猪股さん、金子さん、鈴木さん、秋山さん、小関さん、阿川さん、撮影者は長谷川でした。

 5月21日(土)の15:00、飯島農園のエントランス脇にある「神田(しんでん)」で、日本のお米のスタンダード米として知られている「日本晴」を植えました。この日本晴はお米の食味から粒の大きさ、草丈の高さや病害虫に対する耐性など、日本のお米の標準となる品種なのだそうです。
 以上は飯島さんの請け売り。

 とっても大袈裟な喩えで恐縮ですが、パリ近郊のセーヴルにあるメートル原器のようなもの。
 この田んぼは理学博士でビオトープ管理士の是永さんの実験場といえば実験場、遊び場といえば遊び場で、田んぼを生活の場としている昆虫類を観察するための区画なのです。この小さなスペースでも、生物多様性の現実を観察するには格好の水辺で、昨年はその頂点にトンボが君臨していたようですが、今年はどんな昆虫がアルジヅラをしているやら。

 web検索の「はてなキーワード」で「日本晴」を調べると、昭和45年から昭和53年まで日本全国の作付け面積の第1位を占めていたのがこの日本晴で、日本に置けるイネゲノムプロジェクトでイネのゲノム解読に使われた品種。日本穀物検定協会では、基準米として滋賀県野洲市の日本晴を採用しているとか。粘りが弱く、ほどよい硬さがあるため、寿司米として人気があるとか。
 今年の神田で収穫する日本晴は、酢飯にしてにぎり寿司か五目寿司にして食べてみたい。
 飯島さん、このこと、深く記憶しておいてください。
by 2006awasaya | 2011-05-30 16:29 | 真剣!野良仕事

【真剣!野良仕事】[155=第5回薫風コンサート③]

2011.5.27(金)
第5回 薫風コンサートガムラン 雨天のため中止

 本日、5月27日(金)12:00、好人舍にてガムラン実行委員のメンバーが集まり、台風2号の北上、関東地方の例年より12日早い梅雨入りなどの気象情報を参考にしながら、
「どうにも明日はダメみたいだね」
「今夜半から結構な雨が降るといっていますね」
「みなさん、ステージづくりなどでご協力をいただきましたが、まことに残念ながら、それでは中止ということで決定しましょうか。通知を申し上げた先には、『明日のコンサートは雨天のため中止』ということをあらためて連絡しましょう」

 無人の好人舍には、鳴らずに終わったガムランの楽器が整然と並んでいました。ステージはご覧の通り。また当日、コンサートの途中休憩時間を利用しての「ガムラン音楽体験教室」用にメンバーが作ったバンブー打楽器も、大きく口を開けていました。
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↑2011.5.27日、飯島農園竹林に作られたガムラン用のステージ。手前にお花がいけてありました。
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↑この日のために1週間前にガムランの楽器を運び込んでいました。
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↑この日のためにメンバーが作った竹製の打楽器も、物置の肥やしになるのかな。
by 2006awasaya | 2011-05-27 15:03 | 真剣!野良仕事

【真剣!野良仕事】[154=一緒に米作り、しませんか ⑥]

2011.5.16(月)
レンゲ田んぼの田植え、完了
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↑2011.5.7のレンゲ畑にて晴れがましくも、記念写真を撮る田んぼのメンバー。
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↑レンゲ畑で水路の確保。草が詰まっていて水が流れないので、大掃除。
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↑クワもシャベルも数が限られているので、両手で泥や草を取り除いていたら、なんと蛇をつかんでしまった。よく見るとマムシ。咬まれなくてよかった。
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↑この日、田んぼ作業を終え、苗を見に行ったら、しっかり成長中。ツンと尖った先に、器用に小さな水玉を乗せていた。
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↑2011.5.14日、飯島さんがレンゲを鋤き込んでくれた田んぼで、横一列になっての田植え。午前10時から田植えを初めて、1反の田植え作業が15:00終了。
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↑2011.5.14日、0.5反の田んぼは猪股さんが一人で4条植えマシーンであっという間に作業を終了。
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↑2011.5.14の15:52に後片付けを終え、畦にて全員集合。おつかれさま!


 労働歌に対して、ボクは誤解していたようです。
 どのように誤解していたのか。
 単調な作業をしていると、集中力が低下してきて眠くなったり作業の精度が落ちてきたりして、思わぬ事故を引き起こしたりする。そこで、歌を唄って作業をした方が能率も上がるだろうし、チームとしての連帯意識も確認できる。その連帯感を維持するためにも労働歌が必要なのだと、そう思い込んでいたのです。

 そして、5月14日(土)、とても気持ちよく晴れ上がった日でした。横一列になって田植えをしながら、機械による田植えが一般化する遥か以前は、田植えのシーンでどんな歌が歌われていたんだろう。そんなことを空想しながら案内ロープのマークに従って10〜12カ所を植え、後ずさって植えていく。こうした作業をするときにはやはり歌があるといいなあ、馬子歌のような、あまり抑揚のないのんびりとした歌がいいのかな、それとも、結構腰にくる作業なので、相撲甚句のような、四股を踏むどっしりとしたリズム感のあるメロディが似合っているのか、果たして実際の田んぼで、田植えの際にどんな歌を歌っていたのだろうと思いながら、そうか、芭蕉が田植え歌を句にしていたなあと思い出し、泥んこまみれの服で帰宅するとすぐに、久富哲雄先生の『おくのほそ道全訳注』と加藤楸邨先生の『芭蕉全句』を机の上において、ぱらぱらやりながら、確か、白河の関を越える前か後で詠んでいたはずと、爪の間に泥が詰まった指先でページを繰ってみると、ありました。

田一枚植えて立ち去る柳かな

 日光東照宮に参詣し、眩しさを眼底に焼き付けて那須野原を北上、那須湯本温泉の殺生石の異様を鼻腔に残し、西行ゆかりの地として心惹かれてきた遊行柳を間近に見ながら詠ったのがこの「田一枚」の句。植えて立ち去ったのが早乙女か、芭蕉本人か、解釈いろいろだが、芭蕉のはやる心は、もう間もなくすると風雅風流の地であるみちのくの入り口、白河の関。その期待が「立ち去る」という動きになって芭蕉の眼前に開けた風景に現れていると解釈した方がいいのか、そのあたりは定説がなく、自由に解釈していいことになっている。そこで、ボクは以下のように勝手に解釈している。
 田植えをすませて次の田へと移動する早乙女たちの明るい笑顔を目で追いながら、白河の関の向こうには、憧れ続けた鄙の里がある、もう少しで風雅の空と地が広がっているみちのくだ、関の向こうでも田植えの盛りだろうな、早乙女たちも華やかに歌を歌いながら田植えをしているに違いない、ああ、はやくそうした姿を目にしたいものだなあ。

 そして白河の関を越えたのが4月20日。関を越えたこちらでも田植えの真っ盛りで、古くからの知り合いであった須賀川の駅長、相楽伊左衛門等躬を訪ねた芭蕉は、6日間ほどとどまって、ここでも田植えの句をものした。

風流の初や奥の田植歌

 みちのくに入って初めての感動がこの田植え歌とは、ようようこの地に来た甲斐がありましたねと、しみじみと等躬に語っている様子が伺い知れる。今様に言えば、「さすが、みちのくは風景もいいし、さらに田植えの歌、素朴でとても心に響きますね。江戸や上方ではとうてい見聞きできないすてきな田舎ぶり、ああ、鄙っていいもんですね」。そんな印象を、おそらく一方的に語っていそうな雰囲気だ。

 そうだとすると、芭蕉が聞いた田植え歌が、さてどんなメロディーの、どんな歌詞で、どんなテンポで歌っていたのかが気になって仕方がない。田植え歌という限りは、ボクの中では労働歌そのものに違いなく、労働歌ならば作業労働中に歌っていたに違いないと思い込んでいた、のです。

 でも、昨年のNHKプレミア8「コメ食う人」という番組で紹介された中国の長江源流部の少数民族の棚田での田植えシーンにも、フィリピンのルソン島の棚田での田植えシーンにも、人は黙って稲を植え、鮮やかに手際よく田植えをすませ、泥で汚れた手足を田に引き入れた用水で洗い、畦道を伝って帰宅するおりに、なにか口ずさんでいるように見えるシーンがあったが、ボクが期待していたような田植え歌を歌っているシーンの紹介はなかった。

 日本でいうと江戸期の田植えシーンを思わせる東南アジアの原郷での田植えで別段の田植え歌を歌っていないとすると、ボクが勝手に思い込んでいた労働歌に対しての誤解を修正し、田植え歌は労働を終えた時点で歌われるに違いない。そう考えるのが自然なのではないか。そのように思い直したのです。つまり、労働歌とは、疲れを癒し、疲労回復のためのうるおいの音色。そうに違いないと。
 この考え方、ヘンですか。短絡すぎますか。

 この考えで「風流」の句を現代文に翻訳すると、
「憧れてきてみたはいいけど、やはり来てみないと分からないことってあるものだなあ。例えば田植え。みちのくでは早乙女らは田を1枚植えるごとに畦に腰を下ろして口ずさんでいる。江戸や都で見かける田植えシーンでは、数枚の田を植えてやっと休憩し、そこで歌なんかを歌っておしゃべりをし、すぐにまた次の田に移動しては田植えをしているようだけど、ここではやはりのんびりした作業風景で、早乙女らも陽気で開けっぴろげで、眺めているだけでとても和むなあ。この心持ちをこそ風流というべきで、なんとか門弟たちにも伝えたいものだ」

 いかがでしょうか、芭蕉さん。
by 2006awasaya | 2011-05-23 19:00 | 真剣!野良仕事

【真剣!野良仕事】[153=ソラマメ問答]

2011.5.17(火)
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↑2011.4.24のソラマメの花。紫に黒に白。源氏物語に出てきそうな色づかい。王朝風の典雅な意匠ですね。
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↑2011.5.15のソラマメはまだ空を向いたままが7割。まだまだ青二才のソラマメですね。
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↑2011.5.15の食べごろはこんな具合。割合でいくと3割。うな垂れている自分を見る思いもする。

え!空を向いているから?

 飯島農園の園主、飯島さんて、ときにヘンなことを突然言い出す。禅問答のようなソラマメ問答が畑で公案されるのだ。公案、つまりは参禅者に与えられる課題と工夫。畑は飯島さんにとっての道場なのか?
 例えば、こんな具合。

飯 島 長谷川さん、われわれ農業者にとっての必携品のカッター、これオルファーって言うの知ってる?
長谷川 ええ、商品名オルファーは知ってます。
飯 島 なんでオルファーって言うのか、知ってます?
長谷川 いいえ。
飯 島 分からないかなあ。刃を折る、折る刃、オルハ、オルファー、ね。
長谷川 なるほど。

 すこし、むっとしたボクの応対、分かりますか。表情も強張っているの、分かっていただけますか。対して、にこやかな飯島さん。 

 つづいて、こんな問答も。

飯 島 そろそろ、ソラマメの季節ですね。あそこの畝のソラマメ、もういい感じですが、なんでソラマメっていうか、知ってますか?
長谷川 分かりません。オルファーと同じなのでしょうか?
飯 島 ピンポーン! 豆が収納されているサヤの部分、あそこが空を向いてるからなんですね。
長谷川 え?サヤが空を向いてるんですか?
飯 島 ええ、それでソラマメ。
長谷川 知らなかったなあ!
飯 島 ええ、花が終わって、サヤの部分が空を向いてぐんぐん、大きくなっていくんです。でも、サヤが空を向いている時期は人間で言うところの青年期のソラマメで、まだ青二才。もうしっかり大人になったソラマメはガクッと首を落としてうな垂れちゃってる。下を向いて反省しているようなサヤのソラマメを収穫するんです。どうです、帰りがけ、もいでいってください。
長谷川 ウヒャー、ありがとう。

 ほぼV字で気分は急回復しているから、こうした禅問答もとてもいいのです。大粒のソラマメ、茹でていただきました。ことし初めてのソラマメでした。
by 2006awasaya | 2011-05-17 20:30 | 真剣!野良仕事

【真剣!野良仕事】[152=第5回 薫風コンサート②]

2011.5.16(月)
ガムラン看板が立ち上がった
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↑コンパネ上に並んだ文字の部品です。
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↑こんな感じなんですが、と阿部さん。5月8日(日)のこと。
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↑5月8日から1週間後の竹林。ペインティングを済ませた文字を看板板に配置している阿部さんと奥原さん。
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↑第5回薫風コンサート用に作った看板がこれです。すこしずつ、各人の協力が積み上げられて5月28日の当日を迎えます。

 おいしい野菜公園2007メンバーの阿部さんはガムラン当日、都合で参加できないので、せめて当日までに会場の入り口に掲げる看板だけでも作っておこうと、「ぼくは案内板担当ってことでいいでしょうか」と、4月下旬の準備会で提案。
 それから1週間経ったガムラン当日の3週間前にあたる5月8日(日)のこと。
「長谷川さん、ちょっと見てくれますか?」と、阿部さんに呼び止められた。
 車の中から紙袋を取り出し、
「これですが、いかがでしょうか」と。
 文字の部品かな。ジグソーパズルのような部品が紙袋に詰まっている。部品一つ一つは新聞紙を捻って棒状にし、ほどけないように一つ一つ糸で縫ってかがってある。うーん、すごい労作!工作が好きだって言ってたけど、ほんとうに好きなんだ!
 好人舍バックヤードのコンパネ上に文字の部品を並べると、「ガムラン会場」という文字に読める。
「阿部さん、すごいじゃないですか。書体も独特だし、手作り感もサイコー!阿部フォントとして登録できそうですね」とボク。
 すると奥さまの冨美子さんが間髪を入れず、
「シンちゃんたら、ガムランの看板作りに、もう2週間も、ああでもない、こうでもないって、頭を悩ましているのか、楽しんでいるのか。しゃべりかけても上の空状態なのよ」と。シンちゃんとは、阿部さんのことで、それぞれ名前の愛称で呼び合う仲の良いご夫婦なのだ。
「頭を悩ましてなんかいないよ。楽しんでるんだから!」と、ご本人。
 阿部さんの頭の中はここ数週間、「ガムラン会場」という文字を分解したり合成したり、作り替えたりしながら、ときに瓦礫となっては惚け、気を取り直しては再び三たび分解し、捩り、ひねり、延ばし、圧縮し、結びつけ、シジフォスに課せられた営為のごとく、頭蓋の中では何度となく雲散しながら霧消し続けたに違いない。ガムランのガの点々をここに置くとすると、ムの押えは少し長くした方がいいか。会場の場の土偏が手偏に見えちゃいかんなあ。難しいのはカタカナで、細い棒状に縒って、それを三つ編みにすると、意外に曲げに強いけど、反発も強くなるからすぐに元に戻っちゃう、はてどうしたものか。そんな試行錯誤の末、ここに至ったのだろう。その紆余曲折に対して、うーん、すごい労作!と申し上げた。
 それからさらに1週間後の5月14日。竹林では文字に色づけをし、様子のいい製材したばかりの大きな板に文字を配置し、ようよう、ガムランの看板が立ち上がった。
by 2006awasaya | 2011-05-16 10:19 | 真剣!野良仕事

【真剣!野良仕事】[151=一緒に米作り、しませんか ⑤]

2011.4.28(木)
夢の中とはこんな風景?
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↑2011.4.29(金)の12:19前後のレンゲ畑。ミツバチがブンブン、ムーン、ムーンと羽音がうるさいレンゲ畑です。いつもの位置からパシャッと撮った一枚です。
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↑2011.4.29(金)の12:20前後の、より近づいたレンゲ畑。レンゲ播種のおり、幾粒かの菜種も混ざっていて、それらもぽつぽつと黄色い声を上げて春を告げているのがわかります。
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↑2011.4.29(金)の12:25前後のレンゲ畑に埋もれ極楽的に忘我しているボクです。

 ボク、ちょっと前まで、夢を自在に見られたのです。これってけっこう自慢なのです。
「今夜あたり、モロッコからジブラルタル海峡を越えてスペイン南部で一休みし、ポルトガルの海岸線を北上し、最西端のサンティアーゴ・デ・コンポステーラまで行ってみるか」とか「石巻から旧北上川を盛岡まで一気に遡上しよう」など、出発地と到着地を明確に意識してのち、両手を広げて仰向きで眠りに就くのです。
 眠りに入ったか入らないかの境目あたりで、頭だけが沈み込むように下がり、沈み込んだ頭に引きずられるように仰向けのままとんぼ返りを打って反転。ちょうど180度回転したところで、地面が見えはじめるのです。このときは既に予定していた出発地上空を飛行していて、上昇下降は掌の角度調整で自由に飛翔しているのです。風はほとんど感じませんが、掌の角度調整だけで高度をコントロールできるのがいつも不思議だなあと思いながらも、飛んでいるときはとにかく絶景に見とれているので、そんなことを考える暇もなく、目的地へと飛翔するのです。
 ところが、最近は容易に飛べなくなってしまいました。いくら集中して念じても、なかなか眠りに落ちていかないのです。素直じゃないなあと、繰り返し試みているうちに、却って頭が冴えてきて、仕方がないので、体を横に向けて海老のように背骨を丸め、飛行は中止。
 どうやら、グーグルアースが見られるようになって、白昼でも夢の中で体験していたような飛行ができるようになったことも自在に飛行できなくなったことに原因しているようです。さらに、飛行途中から決まって現れる「悪夢」にシフトしてしまうことも多く、そんな問題点をクリアーするのが面倒故に、自在さを失ってしまったのに違いないと、自分では思っているのです。
 さて、グーグルアースのサービスが提供される1年前くらいに飛行した薩摩半島南端の開聞岳周遊時に見たレンゲ畑超低空飛行シーンが、その後も脳裏に焼き付いており、そんなこともあってレンゲ播種へ移行したのだろうと思います。思いをかなえていただいて、飯島さん、深謝感謝しています。4月24日に「咲いていますよ、レンゲの花が」と報告したばかりですが、その週末の4月29日(金)に、かねてよりの「レンゲの花に埋もれる」という、ボクにとっての極楽ライフが実現したのです。舞い上がるほどの興奮と脱力。ああ、日本人で善かったと思える数瞬でした。
by 2006awasaya | 2011-05-03 00:25 | 真剣!野良仕事