【真剣!野良仕事】[161=スイカ栽培の途中経過]

2011.7.5(火)
混沌の中でスイカは育つ
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↑阿部さんがスイカのために用意した遊び場
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↑直径10センチに育ったスイカ。品種はマダーボール。

 7月2日(土)。午前は田んぼの水当番。午後、東海林さんと阿部さんを講師に迎えての「農業講座」。第1回目は耕耘機や刈り払い機の運転の仕方、燃料は刈り払い機が混合油で、その他はすべてガソリン、ということなど、今さら聞くに聞けない基本中の基本を教えていただいていたんです。
 ところが、講習開始直後、急な呼び出しが入り、挨拶も出来ぬまま、引き上げてきてしまいました。非礼、お詫び申し上げます。

 で、一夜明けた日曜日。朝の田んぼ水当番を済ませ、好人舎に戻り、エダマメ選別の作業をほんの少し手伝い、ラベンダー畑で昼食。その後われらのスイカパラダイスがある区画の奥へ、スイカの整枝をするべく檜山さんと移動。

 整枝の手順については檜山さんから手ほどきを受けるとして、その檜山さん、ちょっと困った顔つき。どしたんだろう。スイカのかまぼこトンネルを前にして、困った表情が納得できた。

檜山 こうなってしまってからでは、完全にお手上げですな。
長谷川 まったく。

 「まったく」。素直に首を上下する。これ以外、なんとも返事のしようもないほど、かまぼこトンネルの中は混乱を極めていた。
 混乱とは何か。
 お店に並んでいるスイカは知ってはいても、あのスイカがどんな環境で生育しているのか、ほとんどの方は知らないだろう。ボクも知らなかった。
 幅1メートルの畝を作り、マルチシートを張り、その中央に90センチ間隔で苗木を植え、透明ビニールでトンネル状に覆う。スイカは強い日差しが大好きながら、雨に弱い。この作業を5月15日に終え、その後、33日目に開花。受粉を済ませ、しばらく様子を見ていた。
 この「様子見」すなわち管理が甘かったのか。
 スイカ栽培の教科書とした「やさい畑Early Summer2010」によると、親蔓の整枝、子蔓の整枝をしっかり実行していかないと、大きく甘いスイカは期待できないとある。
 ところが、様子見の時間が長かったのか、受粉に神経を使ってしまったからか、スイカ本蔓と子蔓が入り乱れ、それぞれ勝手に黄色い花をつけ、あるものはすでに結実して握りこぶしほどのミニスイカになり、そのミニスイカが本蔓上に結実したものなのか、子蔓状に結実したものか、それすらわからない状態となっている。混乱と言葉で言うのは簡単ながら、どんな様相を呈すると、混乱という文字を当てるのか、なかなか人によって解釈の違いはあるが、これぞ「混乱」という状態なのだと胸を張れるほどの錯綜ぶり。
 そうした混乱を目の前にして、さて、なんと返事をしていいものか、しばし自失。「まったく」という返答はそんな心のうちを反映した、一種吐息のようなものだとご理解ください。

檜山 とりあえず、スイカは雨が嫌いですから、ビニールのトンネルからはみ出しているスイカはトンネルの中に戻し、蔓もトンネルに戻しましょうか。
長谷川 ええ、そうしましょうか。

 呆然としている長谷川。てきぱきと手を動かしている檜山さん。日差しが強い日曜日の午後でした。じっとりと額に汗が浮かび、眉を分けて目に入る。塩分濃度が高い。目が痛い。

 檜山さんを見習って、4畝あるスイカのトンネルを見回り、トンネルからはみ出した蔓をトンネル内に戻し終える。

檜山 当初の予定では本蔓が延びてきて、本葉が5枚出てきたら、その先の蔓をカット、つまり摘芯するという段取りでしたよね。
長谷川 そうでした。本蔓に5枚の葉っぱを確認したら、その先を摘芯。やがて、子蔓が延びてくるので、これらの子蔓を3〜4本残して、あとの子蔓ははすべてカット。そんな段取りでした、よね。
檜山 ええ。それらを経ずに、一気にこの混乱を迎えたという感じがしますね。
長谷川 先週でしたか、先々週でしたか、受粉で盛り上がった週がありましたね。あの時点で摘芯した覚えがボクにはないのです。
檜山 6月25日という日付が書かれたタグが受粉した蔓に着いていますし、その前の週の6月18日というタグも着いていますから、段取りでいうと、摘芯はその前に行なわなくてはいけなかった、んです、よね。
長谷川 ええ、そのとおりですが、ボクは摘芯した覚えがないんです。

 そんな会話を交わして、スイカパラダイスをチェックしてから自分の区画に戻り、草を引き抜き、東に目をやると、阿部さん夫妻の姿が見える。

長谷川 阿部さんもスイカに挑戦していたんですか。
阿部 ええ、孫たちにこの夏、プレゼントしてやりたいと思いましてね。でも、見てくださいよ。収拾がつかないほどの混乱ぶりでしょ。
長谷川 われわれのスイカパラダイスでも、全く同様の混乱を呈していて、いまも檜山さんと慰め合っていたんです。
阿部 教えていただいた通り、やっていたはずなんですが、この大混乱。なにが混乱しているのかというと、スイカの蔓が大混乱。ボクの頭の中を見るようです。
長谷川 むかし、綾取りしてて、どうやっても取れない綾ってあったでしょ。頭のあっちにも、こっちにも蝶結びができて、どうしようもない有様、といったらいいんでしょうか。
阿部 茫然自失。お手上げ。八方ふさがり。いろんな喩えがまさしくこんがらがっちゃって。そういう有様って、見ようによっては美しかったりするのね。あるいはこういう混乱を見るのって結構面白いって思いません? なぜって、自分そのものを見るようで。なかなか自分を見つめるってチャンス、ないもんですから。

 こういう自己分析が阿部さんの素敵なところと、いつも感じる。いまの世の中、自分を棚に上げ、モノをおっしゃる方が多い中で、まったく棚上げせず、むしろ棚から卸して引き寄せて楽しんでいるふう。おしゃべりしていて、心が軽くなる。爽快になる。

阿部 せっかく、わらを敷き詰めて、遊び場を作ってあげたのに、夜な夜な、夜遊びで出る。まったく困った子たちだ。
長谷川 あはは。親の忠告、子は聞かずってところですか。
阿部 まったく言うことを聞かない。ふかふかベッドみたいなワラを敷き、ここで遊ぶんだぞと言い聞かせて帰っても、翌日見回りにくると、他所に遊びに行っちゃってる。ああ、こういう自由、いいなあと思う一方で、もう少し指示に従ったらどうだって、上から目線で威張っちゃっている自分もいる。こういう混沌、いいなあ。

 畑には今、第一の人生を終え、退職して第二の人生を過ごす人たちが多い。第一の人生では「倫理」と「秩序」で自分を管理してきたはずだ。他者に迷惑をかけてはならないと自分を律してきたはずだ。混乱とはその倫理と秩序が失われている状態を指す。もっとも忌み嫌ってきた場面だ。
 ところが、第二の人生では、妙な価値観や倫理観を持ち込まず、混乱をただ単に入り交じって区別がつかない状態、すなわち「混沌」と見なして楽しむ余裕が感じられる。考え方に余裕のある人とのおしゃべりは実に愉しいものだ。

長谷川 混沌ですか。
阿部 ええ、混沌の中でスイカは育つ。そう思うことにしませんか。

 ああ、早く、阿部さんの混沌スイカ、食べてみたいな。
by 2006awasaya | 2011-07-06 19:36 | 真剣!野良仕事


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