ソウルの大型書店とキリストの受難像

2013.3.22(金)
ソウルの大型書店とキリストの受難像

仁寺洞へ
 一昨年の暮、昨年の7月と、ソウルに行く機会がありました。行けば必ず仁寺洞=インサドン(인사동)に足が向かいます。
 今回も真っ先に歩いてきました。いわば表敬訪問みたいな気分で南から北へ、北から南へ紆余曲折を繰り返しながら、何度も往復してきました。

 もともとがオシャレな骨董通りです。王朝の正宮でもある景福宮=キョンボックン(경복궁)に近いこともあり、上品なお菓子屋さんとかお茶屋さんが一本入った脇道に隠れるように店を構えていたりして、さすがインサドンだなあ、伝統の奥深さが違うものだなあと、嬉しくなってついニヤニヤしながら、行ったり来たり、うろうろキョロキョロ。京都御所周辺の町歩きにも似た気分で歩けるのも、面白みの一つでしょうか。

 脇道、裏通りにも発見が潜んでいますが、表通りには老舗の文房具店とか骨董品の店がずらりと並び、この多少ホコリっぽいたたずまいに魅せられてきた日本人も多いと思います。ボクはぶらぶら歩きをしながら、韓紙=ハンジ(한시)を求めつつ数店をめぐり、それぞれの店独自の手漉き韓紙を求め、ああ、いい買い物ができたと、買い求めた韓紙を筒状に丸め、大切に抱えてホテルに戻り、再び夕飯に出て行くというパターンでソウルの街歩きを楽しんできました。

 前回も前々回も、さらに十数年前も気持ちよくいい買い物ができたのですが、この3月中旬に再びインサドンを歩いてみましたら、お店がずいぶんと商売替えをしているではありませんか。必ず立ち寄っていたお気に入りの韓紙屋さん5軒のうち、3軒はカフェ、飴屋さん、空き家になっていて、しかも、残りの2軒のうち、表通りの角にある韓紙屋さんは品揃えを大幅に変え、浅草仲見世の土産物屋さんと見まごうばかりの変貌ぶり。客層が町を変えるんですね。筆や硯、墨や紙を求める客層は極々わずかで、代わって若い世代はスマートフォンをもてあそびながら化粧品とオシャレなファッション目当てに闊歩しています。デジタルな世代には文房四宝は訳の判らない煩わしいだけの無用物なんでしょうか。

 ま、しかたがないか、時代が変わったんだ。日本だって変わってしまったんだから。

 ちょっと肩を落として、インサドンキルから地下鉄3号線が走る道幅の広い社稷路=サジンノ(사직로)に出て、V字に折れ、郵政局路=ウジョングノ(우정국로)を南へ。途端に東京の丸の内を歩いているような雰囲気です。背筋をしゃんと伸ばしたサラリーマン風の男女が、結構なスピードで大股で歩いています。手にはテイクアウトしたコーヒーカップかiPhoneよりずっと大きめのスマートフォン。ワンブロックにひょっとしたら2軒くらい、スターバックス(스타벅스)があり、ソウルっ子がこんなにもコーヒー好きだったのかとちょっぴり嬉しくなります。

 少し前のソウルのコーヒー屋さんで飲むコーヒーの味って、賞味期限切れのインスタントコーヒーか、トウモロコシ茶にコーヒー味を強引に添加したような、何とも言いがたい味のドリンクだっただけに、スタバっていうのはマクドナルドよりも凄いなあ。シアトルで飲んだコーヒーもお茶の水で飲んだコーヒーも、明洞=ミョンドン(명동)で飲んだコーヒーも、まったく同じ香り、テースト、おいしさ。世界標準というのは偉いもんだなあ。そんなことに感心しながら、郵政局路を南へ歩いて500m、鐘路=チョンノ(종로)との交差点に出る。広い広いこの交差点の地下には地下鉄1号線の鐘閣駅=チョンガッギョク(종각역)があり、鐘路交差点に斜めに向かい合う位置に、ソウルでも一二の大型書店が集中しています。

バンディ&ルニス チョンノ店へ
 韓国の出版事情を見てみたいという思いから、これら大型書店を見学するのが、今回の旅行目的の一つ。インサドンの激変ぶりに肩を落としつつも、まずは超高層ビルの鐘路タワーの地下2階にあるバンディ&ルニス チョンノ店(반디앤루니스종로점)へ。

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↑バンディ&ルニス チョンノ店のレジ近く。ベストセラーの円柱が気になりましたが、「やればできる」とか「スティーヴ・ジョブズに学ぶ人生の過ごし方」のような自己啓発タイプの書籍が多かったような。でもどんな本なのか、正確には分からないまま、広々した店内へ。
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↑趣味のコーナーには、こんな具合に座り込んで立ち読みする客が結構目に付きました。
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↑地下鉄鐘閣駅へ向いた出入口。

 驚いたことに店内の明るさ。書棚の間隔も広く、あまり圧迫感なく本選びができる。店内通路は大理石で冷たくクールだが、書棚が並ぶスペースにはジュウタンが敷かれていて、歩いた時の当たりがとっても柔らか、ゆったり気分。ところどころにイスも置かれている。これも嬉しい配慮。このジュウタン敷きに座り込んで立ち読みしている客が多いのが気になったが、ひょっとして座り込みをこの書店では許しているのかもしれない。
 そんなことを考えながら、店内を一巡。地下2階が地下鉄鐘閣駅への乗り換え通路に口を開けているので、通勤客も途中下車して立ち寄れる。これは便利だろうな。レジ近くの柱巻きにベストセラーのコーナーがあり、そこに並んでいたのは雰囲気としては自己啓発(자기계발)関連の書籍が多かったような気がしました。

永豊文庫へ
 いったんこの地下鉄出入口から鐘閣駅を経由して、交差点向かいにある永豊文庫=ヨンプンムンゴ(영풍문고)へ移動。こちらの書店は地下1階・2階からなり、やはり広い広い。地下1階のフロアーが東京駅八重洲にあるブックセンターの各階フロアーを合わせたくらいのスペースかな、AからHまでジャンルごとに分類。この分類は未確認ですが、バンディ&ルニスでも同様だったような気がします。Aは小説(소설)・エッセイ(에세이)・詩(시)・マンガ(만화)、Bは芸術(에술)、スポーツ(스포츠)、旅行(여행)、料理(요리)、健康(건강)、趣味(취미)、雑誌(잡지)類と分野別に整理され、Cは幼児(유아)から児童書(아동)、高等教育書(초등학습 )、Dは中・高等教育書、Eは工学(공학)、コンピューター(컴퓨터)、科学(과학)、医学(의학)、Fは辞書類(사전)、外国書籍(외국서적)と日本書籍、Gは経済(경제)、経営(경영)、自己啓発、Hは人文(인문)、宗教(종교)関連の書籍や雑誌がきれいに整理されていた。ハングルのmemoを取るだけで1時間も食われてしまい、レジ(계산대)のスタッフから変な目で見られていました。ただし、こちらでは座り込んでの立ち読みが禁止されているようで、座り込んで読んでいる客がスタッフに注意されていた。あれ、オタクでは座り込み読書は認めてないの?っていう尖った反応を見せつつ、しぶしびスタッフの注意に従うってシーンをAゾーンのマンガコーナー、Bゾーンの趣味コーナーとGゾーンの自己啓発周辺で多く見ました。ついでに地下2階に降りていくと、そこにはアップルコンピューターやスタバ、ミニレストラン、文房具などが並び、銀座伊東屋かロフトにいるようで、ここも楽しかった。いやあ、韓国語がばりばりなら、丸々一日いても飽きないだろうな。

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↑ヨンプンムンゴの店内。整然として分類された書棚。
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↑「小説、エッセイ、定番」とジャンル分けされたベストセラーコーナー。
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↑鐘路交差点にあるヨンプンムンゴの出入口。左にある看板に「冊香」とあったが、その意味がついにわかりませんでした。座り込んで立ち読みすることは禁止でも、イスに座ってしっかり読めるコーナーがあったような記憶がありました。船橋西武の三省堂書店では、同じフロアーにあるカフェに持ち込んでの読書OKで、ひょっとしたら同じ発想?

明洞聖堂へ
 予定ではこのあと、世宗路=セジョンノ(세종로)の李舜臣将軍像脇にある教保文庫=キョボムンゴ(교보문고)に行くつもりでしたが、時間が足らず、まことに残念ながらこちらは次回ということで、いったんホテルに引き返し、かねてから見てみたいと思っていた石像に会いに行きました。場所は明洞聖堂。

 ソウルの街中を歩いていると、いまでこそ超高層ビルが林立していて、なかなか見ることはできませんが、昔は南山タワー同様のランドマークだった煉瓦積みの巨大聖堂。移動していると、必ず尖塔部分が見え隠れしていたので、ああ、あそこにあるな、今度機会があったら行くことにしようと、改めて訪ねるという強力なきっかけもないままに訪ねずにいましたが、ちらちら見え隠れする明洞聖堂の境内というか敷地に、장동호(チャンドンホ) 作の、鑿痕が強烈に残るキリストの受難石像があると分かり、教保文庫にはまことに申し訳ありませんが、こちらを優先しました。

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↑ミョンドン聖堂への参道というかスロープは工事用の塀に囲われていて、歴史資料としての写真が掲出されていた。

 韓国のキリスト教の総本山としてあまりにも有名な明洞聖堂は小高い丘の上にありました。立地の場所が小高い丘の上だってことも、実際に訪ねるまでは判らなかったことで、このことにもちょっぴり驚いています。ミョンドンという地区は東京で言う銀座に相当する繁華街で、昼よりも夜のほうが賑わいをます一帯。賑わいを、一日の終わりに近い夜にピークするって一点で「銀座」だと思い込み、銀座だとすると、立地も銀座同様に平らで狭いところに商業ビルが建ち並んでいるとの思い込みがあり、まさかこんな起伏の激しい地勢だとは思いもしませんでした。冷静に振り返ってみるに、銀座というよりも、坂の多い渋谷に近いのではないでしょうか。同じ繁華街の渋谷だとすると、明洞聖堂の建つ位置は宮益坂を上がった青学あたりか、東急のセルリアンタワーがある桜ケ丘町あたりに似ているといったらいいでしょうか。
 ところが、なんと間の悪いことに明洞聖堂の周囲はちょうど工事中で、参道両サイドがフェンスに囲われていて、拝観できないのではないかと危ぶんでいましたら、礼拝に訪れた方がいて、その方のお伴のように装ってフェンス伝いの階段を上ると、いきなり写真で見てきたあの煉瓦積みの大聖堂が覆いかぶさるように正面に立ち現れていました。

 おお、ミラノの大聖堂も大きかったけど、ミョンドンの大聖堂も大きいなあ。で、お目当ての石像はどこにあるのか、敷地図のようなものがあればそれで足りるのですが、あいにく見当たりません。守衛さんのような方がいたので、勇をふるい、インディアン英語のような拙い韓国語で「キリストの石像はどこですか?=クリスト エ ソクザン オディエヨ(그리스도의 석상 어디에요?」と聞いてみましたら、案の定、ボクの発音がうまくなかったようで、キョトンとされてしまいました。再び尋ねても同じ表情を返され、仕方なしにインテルの長友がよくやるように頭を下げてから聖堂の周りを一回り。

 なんと、聖堂の脇にある司祭館のような建物の植え込みに、あの有名な石像がありました。ボクが今までに見たキリスト受難の石像の中で、この東洋の彫刻家が彫り出したキリストほど、圧倒的な悲しみを静かに抱え込んだ石像は知りません。添付した写真に説明板が写っていますので、それを日本語訳します。

작품명(作品名) 사형선고받으심(死刑宣告を受けた心) 1994
작가(作家) 장동호(チャンドンホ)
재료(素材) Marble of Carrara
규격(寸法) 92×95×213cm

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↑一番のお気に入り石像。

 胸元にある3本の錆びたクギはなんの黙示録なのでしょうか。頭蓋に刺さった荊のクギを3本だけ抜いたものなのか。残された荊はどうするんだろう。そんなこんなの意味を考えながら、右肩上がりの成長曲線に浮かれ気味のソウル市民に、やんわり、釘でも挿しておきたい気分もあり、ミョンドン駅方面へ下りていきました。
 たとえインサドンが浅草仲見世になってしまったとしても、八つ当たりに似たこんな考え方って、やはり穏やかではありませんね。反省反省。
by 2006awasaya | 2013-03-25 16:25 | 行ってきました報告


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