【船橋の鎮守の森-その2「春日神社」】

 最近、ちょっと「鎮守の森」が気になって、それで近所の鎮守の森を訪ね歩き始めました。第1回目は船橋市海神の「浅間神社」。2回目は自転車で15分ほど、総武線西船橋駅近くの山の手にある春日神社です。
 総武線西船橋駅の北側、高架の武蔵野線の西側です。武蔵野線のホームからはこんもりとした森が見えると思いますが、南も西も背の高いビルが隣接しているので、ちょっと窮屈そう。
 西船橋駅の改札を出て北にすすみ、国道14号(昔風の言い方だと千葉街道)を渡り、船橋市立西図書館への入り口と書かれた看板に従って入ってもいいのですが、神社詣でゆえ、是が非でも参道からお参りしたいと付近をうろうろ。
 ところが肝心の参道がどこにあるのか、なかなか見つからない。やけに自転車が駐車しているところがあるので、一応チェックしておこうと行ってみると、実はそこが参道でした。参道の道幅ぎりぎりに民家が建ち並び、さらに通行を制限するガードパイプが行く手を阻んでいますが、これがないと奥に見える鳥居のあたりまで自転車で埋まってしまうのでしょう。
               ↓下の写真がそれです。
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 鳥居には扁額が上がっていません。はたして春日神社なのかどうか。でも、鳥居の奥からは鬱蒼とした雰囲気が漂ってきます。針葉樹は松だけで、残りは常緑のスダジイなどが空を覆う。この暗さが鎮守の森の条件でもありますので、多いに安堵しながら参道をすすんで行きます。
 ゆるやかな登り坂の参道をすすみ、鳥居を潜ると正面に石段。石段の左には身を伏せてこちらを伺う狛犬、石段の途中にはこの狛犬の子どもなのか、子犬がじゃれ遊んでいます。この子犬にちょっかいを出す輩にはいつでも襲いかからんと身構えてのポーズなのかもしれません。あるいは母親の狛犬なのか。
               ↓下の写真がそれです。
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 石段の右を見ると、こちらにも狛犬。こちらは身を起こし、危害を加えない限りはだまって通り抜けてよしと言っているような表情。こちらは父親役の狛犬なのかしら、表情もちょっと威張るのが好きなタイプと見えないこともないようで、ただし、目は遠くを見つめる風ではなく、石段の一段目あたりを注視しているように見え、若干目を寄せている。見栄を切る歌舞伎の所作を見る思いもする時代がかった表情の狛犬。
               ↓下の写真がそれです。
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 石段を登り詰めると拝殿と本殿が置かれた境内です。大きな欅が新芽を出して、さわやかな季節の到着を告げてくれています。
 拝殿左に畳1帖はゆうに超える石碑が建っています。春日神社社殿新築記念碑。その碑面の冒頭の一行が素晴らしいので引き写してきました。「朝に袖ヶ浦の白帆を送り、夕に松梢の月を迎えること幾百星霜」。そう、縄文海侵まで遡らずとも、つい100年前までは満ちては引きを繰り返す海辺がこの小高い丘の境内の裾を洗っていたのでしょう。朝から晩まで働き詰めの氏子を、この高みから見守っていたと、この碑は語っています。昭和43年建立の碑ですから、その時点で海辺すら見ることはできなかったとしても、碑文を書き起こした関係者の遠き記憶には、渚の音はうるさいほどだったに違いありません。潮の匂いも嗅いでいたでしょう。
 本殿裏にまわると、お隣の西図書館のモダンな建物が見えます。ということは、向こうからも丸見えで、しかも見下ろされていることになります。春日の神さまもなかなか寛げませんね。
               ↓下の写真がそれです。
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 このあたりは、東京下町にたくさんあった軍需工場の工場主たちの別荘地であった海神山と峰続きで、さらに西へ行くと中山の法華経寺へとつづいています。途中途中に住宅砂漠のオアシスのような鎮守の森がいくつも残っていますから、次回はそちらを訪ね歩くことにしましょう。
(hasegawa)
by 2006awasaya | 2006-04-29 12:00 | 船橋


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