【真剣!野良仕事】[234=記憶を生き埋めにする]

2015.11.23(月)

第4回 三陸懇親会 報告

 10月6日に「第4回 三陸懇親会 参加しませんか」と、このブログで呼びかけました。東日本大震災からすでに4年半が経過していますから、「関わりを維持するには目新しいトピックがないと無理かもね」なんて訳知りを言う心配性がいても当然。さらに、「毎年毎年、農産物を届けるだけではマンネリだ」と指摘する声も聞こえてきて、「そろそろ、イベントとして模様替えの時期じゃないの」と、掻き分け掻き分けボクの耳元で囁く始末。

 そもそも、このイベントの当初の目的はなんだったのでしょうか。
 被災された三陸の漁師さんたちが被災後も漁業継続できるよう、再開した漁獲を「食べて応援する」という、無理なくお付き合いできるスタイルで応援支援し、せめて年に一度はお酒でも酌み交わす「懇親会」でも持ちましょうよというのが始まりだったはずです。
 その懇親会が単なる「飲み会」になってしまったのではないかと指摘され、実のところ相当程度、腹が立ちました。
 でもですね、腹が立ったのは、曲がりくねったその物言いに対してで、言われた内容はまさしくその通り。懇親の回を重ね、やっとごく普通の「単なる飲み会」になってきたことをこそ、むしろ喜ぶべきで、なんとも正鵠だったと納得して三陸に行った来ました。

 11月10日、大船渡湾を眼下に見下ろす高台に建つ大船渡温泉にて、陸前高田の区長・伊藤光男さん、広田湾の牡蠣漁師・吉田善春さんを囲み、近況のちょっとした確認を早々に済ませ、この一年のそれぞれの愚痴と野暮を交歓する「単なる飲み会」をやってきました。肩肘張らずに、大声をあげることもない「飲み会」でひと時を過ごしてきました。
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↑ごく普通の飲み会。白濁のお酒は、陸前高田の地酒、酔仙酒造の原酒「雪っこ」です。
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↑全員集合のほろ酔い写真です。

 翌日、越喜来湾のホタテ漁師・遠藤誠さんの第五崎浜栄丸に乗せていただき、本養成に入ったばかりのワカメ養殖の現場を見学(このワカメ養殖現場の報告は別便でアップするつもりです)、崎浜港に戻り、帰途に就きました。途中、陸前高田の現況を確認してから帰りましょうということで、市街地かさ上げ工事中の現場に立ち寄ってきました。

 すでに巨大なベルトコンベヤーでの土砂運搬は役割を終えていて、かさ上げされた区画と区画の間を数台のダンプカーが走り回っているだけでした。
 そのかさ上げ工事現場から受けた印象が、帰宅後何日経ってもまとまりを持てず、そんなこんなで三陸報告が遅れたのですが、本日の読売新聞朝刊27面に掲載された藤村龍至さんの「考景2015」を読んで、若干ながら得心することができました。
 藤村龍至さん(東洋大建築学科講師、建築家)の掲載原稿は、学生たちを引き連れて東日本大震災で被災した三陸を横断的に見るという内容で、復興プロジェクトに関わるそれぞれの自治体の考え方や取り組み、意思の決定過程の相違が学生たちにもよく見えたに違いないという報告でした。多少図式的に言い直すと、三陸の各自治体は津波を堤防で防ぐか、地盤をかさ上げするか、その防災意識の在り方そのものの壮大な実験場になっていて、次代を担う学生たちにこそしっかりとした記憶の定着を期待するという記事でした。

 実は、陸前高田のかさ上げ工事に対しては、税の根拠ともなる区画の評価を今後どうするんだろうというぼんやりとした関心くらいしか、ボクは持っていませんでした。陸前高田のお隣の大船渡では建物の基礎というかコンクリートの土台が市街地の各所に残り、区画台帳という記録書面と実際の区画をすぐにでも照合できるのに、陸前高田では区画台帳という記録書面だけになっている現状に、住民はどのように対応しているのか。なんとも難しい局面を今度どのように乗り越えていくのだろうと、その行政現場の困難に、頭がフリーズしたままでいました。
 その凍りついた思考を、藤村さんは、「生き埋め」という表現で解凍してくれたのかもしれません。
 
 市街地のかさ上げ工事について藤村さんは、
「土木工事のかさ上げには、誤解を恐れずに言えば『記憶を生き埋めにする』かのような強い力がある。防災のためであり、それぞれの都市の選択の結果だとしても、その大きさは想像以上であった」と書いていた。
 次回、懇親会では、陸前高田の伊藤さんに、全く新しい風景となっている陸前高田市街地の有り様について、意見交換をしてみたいと思います。
by 2006awasaya | 2015-11-23 16:21 | 真剣!野良仕事


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