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【船橋の鎮守の森-その3「船橋大神宮」】

 船橋市内の鎮守の森を訪ね歩く土曜日午前中のお散歩第3回目は船橋大神宮です。
 本殿右にある由緒を刻んだ石碑には、景行天皇の40年に日本武尊がこの地に立ち寄り、伊勢神宮を分霊され云々とあり、相当以前からここに祀られていたことが分かる。船橋大神宮と言う名称は通称で、正式には延喜式に記載されている葛飾郡意富比(おおひ)神社。戊辰戦争の前哨戦である船橋戦争で焼失、その後境内整備がされ、今日を迎えたことは参道の一の鳥居を潜ったすぐ左の顕彰碑に詳しく書かれています。
 一の鳥居からは北に向かって真っ直ぐに参道が伸び、お正月などは参道両側に屋台が並び大変な賑わいをみせますが、今朝は森閑とした雰囲気。欅や松の新緑が匂うようです。
   ↓下の写真が一の鳥居から見た参道です。
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 一の鳥居を潜り、20mほど進んだあたりに二の鳥居があります。ここで数段上がります。振り返ると一の鳥居がもう小さく見え、正面には拝殿と本殿が見えます。七五三のお参りのときには、子どもたちがこのわずかな石段を飛び降りたりして、結構な遊び場になるところです。
   ↓下の写真が二の鳥居から見た本殿です。
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参道の左側は人家、右側は鬱蒼とした森。その森の中にお相撲の土俵があります。以前はどの小学校や中学校にも土俵がありましたが、最近はほとんど見かけません。この土俵は地方巡業にも使われる本格の土俵だそうで、久しぶりの土俵にちょっぴり嬉しくなって、シューズのまま(ごめんなさい)上がって四股を踏んでみました。結構硬く搗き固めた土俵でした。
   ↓下の写真が木漏れ日を浴びる土俵です。
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 参道を進んだ突き当たりが拝殿で、みな、パンパンと大きな音を立てて拍手しています。お賽銭を上げる方が大半ですが、中にはパンパンだけでお祈りを済ませ、お帰りになる方もお見受けしました。ああ、お賽銭にこだわるのがおかしいのだと、柔軟な気持ちで参拝風景を見ていました。拝殿の右へ回り込むと社務所、神輿の収蔵庫が並ぶ北参道で、急な石段をくだると本町通に出ます。
   ↓下の写真が北参道で、本町通から急な石段を上ったところです。
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 拝殿を右に行くと千葉県指定の有形民俗文化財に指定されている「灯明台」があります。鬱蒼とした木々が邪魔をして参道からはほとんどその姿が見えません。灯明台を囲うような柵の脇に説明看板があります。お正月の三が日は無料で公開していて、その折、内部を見学してきましたので報告しますが、内部は三階建ての六画形をした狭い集会場のような造りでした。手摺につかまりながら急な階段を登るのですが、二階三階とも畳敷きの部屋で、部屋の隅に丸太のような通し柱がむき出しでこの塔を支えていました。
   ↓下の写真がその説明看板です。
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 以上が第3回の船橋鎮守の森散歩でした。
(hasegawa)
by 2006awasaya | 2006-05-21 14:08 | 船橋

【船橋の鎮守の森-その2「春日神社」】

 最近、ちょっと「鎮守の森」が気になって、それで近所の鎮守の森を訪ね歩き始めました。第1回目は船橋市海神の「浅間神社」。2回目は自転車で15分ほど、総武線西船橋駅近くの山の手にある春日神社です。
 総武線西船橋駅の北側、高架の武蔵野線の西側です。武蔵野線のホームからはこんもりとした森が見えると思いますが、南も西も背の高いビルが隣接しているので、ちょっと窮屈そう。
 西船橋駅の改札を出て北にすすみ、国道14号(昔風の言い方だと千葉街道)を渡り、船橋市立西図書館への入り口と書かれた看板に従って入ってもいいのですが、神社詣でゆえ、是が非でも参道からお参りしたいと付近をうろうろ。
 ところが肝心の参道がどこにあるのか、なかなか見つからない。やけに自転車が駐車しているところがあるので、一応チェックしておこうと行ってみると、実はそこが参道でした。参道の道幅ぎりぎりに民家が建ち並び、さらに通行を制限するガードパイプが行く手を阻んでいますが、これがないと奥に見える鳥居のあたりまで自転車で埋まってしまうのでしょう。
               ↓下の写真がそれです。
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 鳥居には扁額が上がっていません。はたして春日神社なのかどうか。でも、鳥居の奥からは鬱蒼とした雰囲気が漂ってきます。針葉樹は松だけで、残りは常緑のスダジイなどが空を覆う。この暗さが鎮守の森の条件でもありますので、多いに安堵しながら参道をすすんで行きます。
 ゆるやかな登り坂の参道をすすみ、鳥居を潜ると正面に石段。石段の左には身を伏せてこちらを伺う狛犬、石段の途中にはこの狛犬の子どもなのか、子犬がじゃれ遊んでいます。この子犬にちょっかいを出す輩にはいつでも襲いかからんと身構えてのポーズなのかもしれません。あるいは母親の狛犬なのか。
               ↓下の写真がそれです。
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 石段の右を見ると、こちらにも狛犬。こちらは身を起こし、危害を加えない限りはだまって通り抜けてよしと言っているような表情。こちらは父親役の狛犬なのかしら、表情もちょっと威張るのが好きなタイプと見えないこともないようで、ただし、目は遠くを見つめる風ではなく、石段の一段目あたりを注視しているように見え、若干目を寄せている。見栄を切る歌舞伎の所作を見る思いもする時代がかった表情の狛犬。
               ↓下の写真がそれです。
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 石段を登り詰めると拝殿と本殿が置かれた境内です。大きな欅が新芽を出して、さわやかな季節の到着を告げてくれています。
 拝殿左に畳1帖はゆうに超える石碑が建っています。春日神社社殿新築記念碑。その碑面の冒頭の一行が素晴らしいので引き写してきました。「朝に袖ヶ浦の白帆を送り、夕に松梢の月を迎えること幾百星霜」。そう、縄文海侵まで遡らずとも、つい100年前までは満ちては引きを繰り返す海辺がこの小高い丘の境内の裾を洗っていたのでしょう。朝から晩まで働き詰めの氏子を、この高みから見守っていたと、この碑は語っています。昭和43年建立の碑ですから、その時点で海辺すら見ることはできなかったとしても、碑文を書き起こした関係者の遠き記憶には、渚の音はうるさいほどだったに違いありません。潮の匂いも嗅いでいたでしょう。
 本殿裏にまわると、お隣の西図書館のモダンな建物が見えます。ということは、向こうからも丸見えで、しかも見下ろされていることになります。春日の神さまもなかなか寛げませんね。
               ↓下の写真がそれです。
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 このあたりは、東京下町にたくさんあった軍需工場の工場主たちの別荘地であった海神山と峰続きで、さらに西へ行くと中山の法華経寺へとつづいています。途中途中に住宅砂漠のオアシスのような鎮守の森がいくつも残っていますから、次回はそちらを訪ね歩くことにしましょう。
(hasegawa)
by 2006awasaya | 2006-04-29 12:00 | 船橋

【船橋の鎮守の森-その1「浅間神社」】

 最近、ちょっと「鎮守の森」という言葉に敏感になっていて、それで「あそこに鎮守の森あり」と聞けばどれどれと、なかなか腰が落ち着きません。腰を落ち着けるべく、地元船橋にもどれほど鎮守の森が残っているか、少しだけ調べたら、なんと、なんと、39鎮守。農業先進国の千葉県でも有数の残存率。できればそのすべてをお参りして回る第一弾。
 自宅から自転車で10分の、西船1丁目にある浅間神社を訪ねてきました。
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 船橋から西船方面へ国道14号を行くと、行田団地へ通じる道路と交差する。この交差点の手前右に船橋中央病院があるが、曲がらずに交差点を渡り、200m先にすすんだ北側に、浅間神社の参道があった。余り目立たない参道入り口。石段手前で自転車を止め、十数段の石段を登る。登ったところに石造の一の鳥居。
 ちょうど上の写真↑はその石段の途中から見たものです。
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 一の鳥居を潜ると、おお、真っ直ぐな参道が奥のほうまで伸びている。このあたりは昭和初期に東京のお金持ちが別荘として住んだという海神山の峰続き。今風な言い方をするとオーシャンビューのリゾート。なんでも、昭和30年頃までは東京湾が望め、海上遥かに富士山を観ることができたとか。それにしては立派な松に驚く。時代のセンスが松を求めたんだろうな。「ねえ、旦那、参道には松が似合いでしょう」なんて檀家総代に話しかける植木職の興奮した顔が浮かぶ。「松の間にそうだな、桜なんかも欲しいね」なんて誰かの呟きに、植木屋の親方が気を利かして植えたんだろうな。大樹となった桜の並木になっていました。そして二の鳥居越しに三の鳥居と本殿が見える。ここまで約150m。
 その写真が上の写真↑です。
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 三の鳥居を潜ると、ご本殿。ご祭神は木花咲耶姫。やはり松の古木。松も桜も寿命はせいぜい100年だから、もうじき倒れる運命だけど、それにしても大きく成長したものだ。
 上の写真↑は本殿前の鳥居を潜ったところです。
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 こんなに立派な神社だとは、まったく知らなかった。本殿の周囲は大きく成長した松。太く発達した松の根をまたいで裏に回って北を見ると、ここが小高い丘だということが分かる。その裾を成田方面行きのスカイライナーが走っている。
 これからの船橋鎮守の森めぐりをお楽しみに。
(hasegawa)
by 2006awasaya | 2006-04-11 00:52 | 船橋

【極論に走る】

 最近、船橋の農家の方と知り合いになった。
 農家の方は季節の先を読みながら、収穫時期から逆算するように野菜の種をまき、植え付けをし、除草をし、イメージどおりの収穫を迎えられればいい笑顔。そんな『冬は春を思い、春は夏を思い描きながら」仕事をしているということも、ほんのり分かって来て、ますます農業へ関心が増して来た。
 本屋さんに行っても、webで流していても、視線はたえず農業方面に行く。
 で、気になった点をすぐに聞く。
 たとえば、1101新聞で糸井さんが感激的にすすめている「永田農法」について、果たして本当のことなのかを聞いてみた。
「水も肥料もやらない方がおいしい野菜ができるって、ほんとうですか?」
 質問した途端に否定されると思っていたんですが、あっさりうなずかれてしまった。
「ええ、見なりは良くないし、収量も落ちるけど、おいしい野菜ができますよ」ですって。
「じゃあ、なんで農家の方はおいしい野菜ができると分かっていて、永田農法でやらないんですか?」
「永田農法のこと、ほんとうに知らないの?」
「ええ、なにも。だって、農家の仕事って何も知らないんだもん。畑に植わっている葉っぱを見て、ああ、これはジャガイモ、これはサツマイモ、これはニンジンでこれは小松菜なんて言えるヒトに憧れいるだけで、地面の中で何が育っているか、チンプンカンプン」
「そうなんだ、ほんとに知らないんだ。農家のことも永田農法のことも」
「ええ。で、どうして永田農法を採用しないんですか?」
「簡単なことなんだ。一回こっきりで終わらせるわけにはいかないからね、農家は」
「え、どういうこと?」
「スパルタ式って言われているでしょ、永田農法は。水も肥料も与えない方が、野菜自身の力で、自分の根をしっかり延ばして、自分の延ばした根で栄養を吸収して、例えばトマトなんかは小振りながら、美味しいトマトができる。でも、土がどんどん痩せていって、すぐに行き詰まる。一回こっきりで終わらせるわけにはいかないと言ったのは、そういうことなんです。安定的に供給すると言う使命みたいなものが今の農家には課せられているので、一回こっきりの野菜作りはできないし、ぼくら農家は、そんなことしないの。分かる?」
「なるほど。英才教育かスパルタ教育かと極論に走りたがるのがシロートなんですね」
(Hasegawa)
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by 2006awasaya | 2006-03-29 19:25 | 船橋

【隠された世界】

 知り合いの農家に「船橋の近くに鎮守の森がまだ残っていない?」と尋ねたら、
「農業を重点的にやっている地区なら、まだまだあるんじゃないの」ということでしたが、その方にとっては当たり前すぎて話を別方面へ誘導したがっている。
 で、成り行きに任せておしゃべりをしていたら、意外な方向へ。
「鎮守の森に関係した話じゃないと聞かない?」
「そんなこともないけど」
「鎮守さまではなくて、権現さまって言う集まりが年に一回あるんだ」
「なにそれ?」
「なにそれって、農家の奥様が年に一回、おしゃべりをする会なんだ」
「なあんだ、年に一回ね、おしゃべりをね」
「そう、女だけの秘密のおしゃべり集会。ここで聞いた話しゃべった話は他言無用と言うキツい縛りというか、掟があって、お話の内容は夫婦の愛の話」
「ウソでしょ」
「嘘みたいなほんとの話。だから、ぼくら男はなんも知らないのよ、この集会の内容については。昔からあった集会なんだと思うんだけど、そんな集まりが地域の隠れた絆だったりして」
 少なくとも、都会にはなかったような気がする、この手の集まりは。明るい農村の、その明るさは案外、こんな情報披露にあったのかも。
 そんなおしゃべりをした翌日、海も山もある船橋の山の中を車で走っていたら、ギョ! 大きなタブの木の根元に、こんな道祖神がおまつりされていた。ウソのようなほんとの世界への目印? 
 ああ、まだ異次元の入口は探せば見つかるのだと安堵した。
(hasegawa)
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by 2006awasaya | 2006-03-15 10:02 | 船橋

【関東の富士見百景〜「ふなばし三番瀬海浜公園」】

 2006.3.11(土)、余りにも気持ちよく晴れた朝。なんだか家の中で朝食をとるのがもったいない爽やかな朝。近所のパン屋さんでパンを買った足で海浜公園へ行った。車で10分も走れば、三番瀬海浜公園。海辺で朝食とは、我ながらなんともおしゃれ。
 海浜公園はバードウオッチングの愛好家の一団が潮の引いた三番瀬の沖合を眺めている。その脇をかすめて、海辺とテニスコートの緩衝地帯のような、芝生で覆われたマウンドに登っていく。こんもりとした芝生の山頂でパンをかじろうと、そちらに目を移すと、あれれ、なにあれ。見かけない標注が9本、山型に並んで建っている。そばにベンチも。その9本の標注が[関東の富士見百景〜「ふなばし三番瀬海浜公園」]だった。平成17年11月建立とあるから、まだ出来立て。
 今日みたいにスッキリ晴れていれば富士山が見えるかもと、その方向を見ても、あいにく姿は見えず。案内板には「冬の日の空気が澄んだ日には富士山が見える」とあり、よほど条件がよければ、確かに富士山が拝めるのだろう。今朝は残念。ただし、新しい新名所発見!と、おいしくチーズ入りフランスパン、カレーパン、きな粉まぶしパンで気持ちのよい土曜日の朝食をいただいた。「ティファニーで朝食を」になぞらえて、「富士見百景で朝食を」、いいものでした。
(hasegawa)
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by 2006awasaya | 2006-03-11 12:00 | 船橋