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稲の観察記録[第18回]

2007.8.31
稲の観察記録[第18回]
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安藤  スズメ除けに釣り糸を張るという方法は飯島さんが電話で教えてくれた。バケツをかこんで四方に棒を立て、細い釣り糸を張りめぐらす。何か光るものをということで、CDをさげてみた。案山子こそないが、いっちょ前の防衛体制である。
 もうここまでで「夏休みの自由研究」は終わりになる。まとめのことばを書いて、9月1日始業式の日に学校に提出した。ここまでで、すでに八つ切画用紙17枚の記録である。積み重ねを実感させる作品となった。

飯島 スズメ除け。人が食べるか、鳥が食べるのかの攻防ですね。話題が飛んでしまいますが、稲の仲間にトウモロコシがあります。このトウモロコシをめぐって、人の食糧にするか、車の燃料にするかの攻防がくりひろげられていますね。
by 2006awasaya | 2007-08-31 09:22 | 稲の観察記録

稲の観察記録[第17回]

2007.8.24
稲の観察記録[第17回]
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安藤  8月26日朝6時半自宅前出発、私の運転する軽自動車にA子を乗せ、豊富(とよとみ)の飯島さんの田んぼにむかった。飯島さんの地図によると、田んぼは船橋市豊富ではなく、八千代市桑橋金堀境(そうのはし かねほりざかい)となっていた。
 天気は晴れで、夏の早朝の風が気持ちよい。簡単な地図なのに、迷わず到着。見わたす限りの田んぼに、色づきはじめた稲穂が頭をさげている。近づいて見ると、一つの株がどれもバケツ稲より大きく、たくさんに分けつしていた。
ここに足をはこんで、A子は自分が育てているバケツ稲を、この田んぼに育っているたくさんのイネとつなげて、広がりをもってとらえることができたのではないかと思ったのは私の都合の良い解釈か。
 A子はあぜ道にすわってイネの香りを満喫しながら案山子と稲のスケッチをした。A子の頭に赤トンボがとまる。

飯島 稲は穂が出てから登塾するまで、あっと言うまです。登塾するとともに、穂が垂れ下がります。その姿に「実るほど、頭を垂れる稲穂かな」という言葉があります。この言葉の意味するものはわかりますでしょうか。
by 2006awasaya | 2007-08-24 21:47 | 稲の観察記録

【真剣!野良仕事】[44=完熟スイカ]

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↑叩いていい音。やはり充実完熟の音でした。

東海林さんからいただいた完熟スイカ

 8月18日(土)、オクラの収穫、ジャガイモの後始末、自分の畑の草取りと、自分としては近年まれに見る精一杯の働きをして、この日は夕方から長男が住む我孫子の花火大会があるので、みなさまより一足お先に引き上げてきました。好人舎の駐車スペースで車を回していたら、ちょうど東海林さんが畑から引き上げてきた。
「どう、一つ持ってかない?」
 大きなカゴに5つばかり、スイカを入れて好人舎に戻ってきたところです。
「え!いいんですか?」
「どうぞ、どうぞ」
「それではお言葉に甘えて、甘いのを一つ、頂戴します」
「さて、どれが甘いか、責任は持てないよ」
 そんなおしゃべりをして、一番上にあったスイカを頂戴してきました。叩いてみると、とってもいい音。
 家に帰って、冷蔵庫に入れ、長男夫婦が住む我孫子へ。今宵は我孫子というか、手賀沼の花火大会。マンションの10階に暮らしているので、花火見物にはもってこいのロケーション。ビールを飲んで、枝豆をつまんで、お寿司を頬張り、極楽気分で花火観戦。
 そして本日、いただいたスイカにナイフカット。まあ、甘いこと。東海林さん、どうもありがとうございました。
by 2006awasaya | 2007-08-19 23:26 | 真剣!野良仕事

稲の観察記録[第16回]

2007.8.17
稲の観察記録[第16回]
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安藤  A子のバケツ稲がけなげに花を咲かせているのを見ていたら、広い田んぼに一面イネの穂が花を咲かせて、風にゆれている情景が頭に浮かんできた。
「うーん。A子のバケツ稲の兄弟はどうしているんだろうか」。 兄弟に会ってみたいものだ。 A子にも会わせたい。即、苗の育ての親、船橋の飯島さんに電話し、「飯島さんの田んぼ」訪問が実現することになった。田んぼに行く日を8月26日の朝と決めたが、この日は飯島さんは不在とのこと、ファックスで田んぼの地図を送ってくれた。

飯島 地図を見て、思い出しました。小学生の頃、車もなく、歩いて田んぼにいったのですが、異国のように遠い場所に思えて田んぼに行く時は、おむすびの弁当持ちで、一日中田んぼで過ごし、退屈でした。しかし、夕方にはきれいな富士山が見え、退屈を忘れて帰った覚えがあります。
by 2006awasaya | 2007-08-17 08:48 | 稲の観察記録

【真剣!野良仕事】[43=納涼バーベキューパーティ報告]

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↑「おいしい野菜公園2007」の納涼バーベキューパーティーの開会に先立ち、飯島さんから一言、二言、三言、四言とコゴトに近い挨拶を受ける農好人の面々。

みんな違って、みんないい

 8月5日(日)、16時から「おいしい野菜公園2007=夏野菜バーベキューパーティ」が開かれました。飲酒運転厳禁のお達しが麗々しくポスターの地を締める遵法精神!
 オープニングにあたり、メンバー各人から自己紹介をかねてほんの一言ずつ、抱き続けた夢を、ほんのお裾分けでいいので、その抱き続けた夢に付いて語っていただきました。それをここに披露します。夢も関心ごとも各自ばらばらで、みんな違っているところが大いに面白いところ。詩人・金子みすゞを引用するまでもなく、みんな違って、みんないい。

飯島 先週は坂本さんが作ってくれた会則下案「おいしい野菜公園2007会則」について、みなさまからいろいろご意見を頂戴し、ありがとうございました。再度まとめ直して本日、披露しようとしてがんばりましたが、夏野菜の出荷で忙しく、間に合いませんでした。お集まりいただいたなかに、初めての方もいらっしゃるので、自己紹介をかねて、一言頂戴できますでしょうか。時計回りに、お隣の海野さんから。
海野 海野と申します。今年は脳梗塞をやり、飲酒を禁じられているんですが、畑でいい汗をかいている限り、健康維持には最高だと感じております。来期は区画をもう一つ増やして、今年できなかった分、がんばりたいと思います。以上です。松本さん、どうぞ。
松本 ここにお集りの中で、ボクが一番古いのかな。田舎の学校1期生の松本です。飯島さんとご縁をいただき、憧れの専業農家への道に就くことができました。農の世界にぞっこん浸っていられると思うと、わくわくします。とにかく楽しく!これがボクの気持ちです。では、長谷川さん、どうぞ。
長谷川 本日はみなさまのおしゃべりを記録する書記を務めさせていただいております。みなさまのメンバーに加えていただいて1年強が経とうとしています。ほぼ1年前、同じバーベキューパーティに呼んでいただいたことが鮮やかな記憶として甦ってきます。今後ともよろしく。では鷹島さん、お願いします。
鷹島 鷹島です。このグループに参加して1年半が経ちます。農好人のメール管理人をやっています。最近は「用事があって出席できません」という「欠席メール」が多くなっているのが気になるなあ。それはそうと、どなたか、グループのホームページを作ってくれないかなあ。酒井さん、よろしく。
酒井 はい、分かりました。福井出身の酒井です。鷹島さん、ホームページの件、私がなんとかしましょう。忘年会までにはなんとか作るってことで(一同、盛大な拍手)。板橋からこちら船橋に移住の噂では盛り上がりましたが、坂本さんが家を建ててくれるというので、決断の時か。奥さん、よろしく。
酒井(妻) 翻訳の仕事をしています。板橋から週末、車を飛ばしてやってきます。農業は締め切りがアバウトでいいなと感じています。坂本さんが「ブルーシートハウスだよ」って言ってますが、よろしく、坂本さ〜ん!。ここの竹林に樹上ハウスと言うか、バンブーハウスでもいいなと。では大竹さん、どうぞ。
大竹 おいしいもの食べたさに1年8カ月通っている大竹です。釣りも山も好きですが、畑に来るともっといろいろ楽しいことができるので、嬉しくて嬉しくて。うちの母ちゃんは飛騨の山の中育ちで、農業はもういやって、いつも言うの。だから「おいしい別居」を目指して楽しくやります!井上さん、どうぞ。
井上 ご紹介にあずかった井上です。九州は大分出身の九州男児です。九州男児ですが、USA出身でもあります。分かりませんでしたか。USA、つまりウサ=宇佐の出です。山が好きで、山への憧れが高じて、山でプロポーズしました。隣にいるのが妻です。口べたなもので、それではよろしく。
井上(妻) いつも二人で通ってくる井上です。出身は千葉市で、私も山が好きです。畑よりも畑で作った野菜を料理したりするのが好きです。みんなの賄いをしている方が好きです。安心安全な食事ができるファーマーズレストランができればいいなあと、これは私の宿願と言うか夢です。小林さん、どうぞ。
小林(靖) 約100坪の畑が付いたクラインガルテン笠間というところで5年間、市民農園に親しんできた小林です。2年前に飯島さんのところにお世話になって、オーナー区画の一番端っこでやっています。こちらの方が皆さんに会えて、ほんとうに楽しいです。今後ともよろしく。それでは小関さん、よろしく。
小関 自分はアウトドアが好きで、なんで好きなんだろうと考えていたら、自分の親が農家出身で、庭先で野菜を作っていました。そんな風景が心に焼き付いているのでしょう。ゆくゆくは自分の畑で朝早くから畑に出て作物を作っていたい、そんな暮らしをしたいです。それでは、坂本さん、よろしく。
坂本 現役当時はケミカル関連の営業をしていました。定年後、どうするってことを自問。農業をやりたい、でも土地がない。成田にある和民の農園では60以上は採用してくれないので、女房とも相談して植木屋に。近所の植木屋が高齢で、その跡をまかされて、もう後には引けないんです。それでは門脇さん。
門脇 島根県出身、今年の4月、「ゼロから始める」で入ってきた門脇です。松ヶ丘に住んでいます。防衛関係の仕事に就いていました。飯島さんとは相当古くからのお付き合いがあるんです。実はうちの奥さんが飯島さんの頭をいじって40年と言う関係で、それで畑に入ってこられたんです。では、篠塚さん。
篠塚 このメンバーの中では一番の新入りです。「田舎の学校」からこちらに入ってきました。中目黒に住んでいます。畑に来ると、土の上で遊んでいられるので、それが楽しくて、やってきます。みなさま、どうか、今後ともよろしくお願いします。それでは吉本さん、お願いします。
吉本 埼玉県浦和に住んでおります。20年間、好きなことをしてきました。群馬の農家に7年間いて、山スキーとか登山とかに夢中でした。大多喜にハーブ園を持っていて、飯島さんのご好意でこちらにハーブを移すことができました。ブルーベリーもハーブですから、もっとやりましょう。それでは竜平さん。
竜平 飯島竜平です。父がお世話になっております。なにか言えということですが、自分には若さしかないんで、そのことをまず最初に。なんで農業をやろうと思ったかですか? 周囲の友達が皆、農業をやっているので。父、幸三郎について、ですか? ライバルです。おばあちゃんのシマさんは? 尊敬しています。

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↑竹林では蚊に対する対策が重要ポイント。こんな渦巻きを結界代わりに下げていました。この仕掛けの効果効能について説明する大竹さん。その右はUSAの井上さん、酒井さん、小関さん。手前の背中は「欠席メール」に心悩ます鷹島さん。

 といった案配で時計回りの挨拶が一巡し、ビールがすすみ、夏野菜のバーベキューが焦げて煙を上げ、やがて竹林全体に夜の帳が下りてくる。その頃合いを見計らって、「さあ、ホタル、見に行きましょう」と、飯島さんが声をあげる。
 ポスターにも予告があったとおり、船橋では唯一、ホタルが飛び交うさる場所目指して歩いた歩いた。全員、相当にアルコールが入っているからフラフラ、まるで認知症患者の一団のよう。前の人の背中を見ながら一列になって、見咎められることも気に留めない集団脱走の一隊列。先頭を歩く飯島さんだけがその場所を知っていて、「飯島サーン、ボクたちはどこに向かって歩いてるんですか?」の質問にも、知っていながら知らぬ顔。
「だって教えたら、誰かが誰かにしゃべって、その誰かが誰かにおしゃべりして、あっという間にみんなが知るところとなり、そのうちの何人かがホタルを捕まえて、そして来年はホタルが姿を消してしまう。それゆえ、皆さんは場所は知らない方がいい」というのが飯島さんの論理。
 やがて、広い広い田んぼに出た途端、誰かが叫ぶ。
「あ、いた!」
 ほんとうにホタルがいた!
 飯島さんには、この4月1日、古典的なエイプリルフールで担がれたことのある面々もいて、この船橋でまさか、ホンモノのホタルがいるとは半信半疑。でも、飯島さんの照らす懐中電灯の明かりの呼応するように、光の束の先にホタルが集まってくる。昔は大きな大きなゲンジボタルもいたということだが、いま飛び交っているのは、市制70年を迎えた船橋育ちの、見るからにシティボーイっぽい脆弱なホタル。でも、脆弱とはいえ、ホタルはホタル。ぺたぺたと列をなして歩いてきた面々の心にも、同じように脆弱ながら小さな光が灯ったかしら。小川に沿った崖地には、レースを編んだようなカラスウリの花が、まるで深海にいるような静けさの中で開いていた。
 この宵、用事で参加されなかった小林さん、阿部さん、大内さん、上原さんの先輩諸氏に、このホタルの光はお届けできないまでも、せめて、創造主の丹精ぶりはお届けしたい。暑中お見舞い申し上げます。
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↑創造主は意外と手先が器用だったのだろうか、その丹誠込めた仕事が、このカラスウリの花から窺い知ることができるかも。
by 2006awasaya | 2007-08-15 00:45 | 真剣!野良仕事

【真剣!野良仕事】[42=断食明けの清浄]

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↑この表情!ああ、断食って抜群の効果があるんだと、思わず納得させてしまう素敵な笑顔。今後ともよろしくお願いします。

断食と野菜作りの清浄な関係

【真剣!野良仕事】[41]で以下のような、会話を紹介しました。
「それはそうと、なんで断食なんか、やるんだろう!」
「なんでも毎年やってるんですってよ」
「毎年、リバウンドの繰り返しじゃないの」
「そんなこと、当人の耳に入ったら大変なことになっちゃうぞ」
 結局は、メンバー各人の関心は「断食明けでどんな変身を遂げて我々の前に現れるか!」の一点でした。


 8月5日(日)の午後、好人舎にて納涼を兼ねたバーベキューパーティがあり、その席で松本さんの姿が見えたので、さっそく松本さんににじり寄って、「なんだかとても溌剌として見えるのは、断食の効果でしょうか」と、声を潜めて聞いてみました。

 松本さんの断食について、勝手なうわさ話で書き進めてしまったことの反省の気持ちもあって、ご本人に確認するのが一番と、直接ご本人にお話を聞いてみたのです。

 すると、「ああ、断食ですか。あれからもう1カ月くらい経っているので、効果のほどは薄れてしまったと思いますが、まあまあ、おかげさまで」と吹き出る汗を拭き拭き、息を切らせて答えてくれました。その時の笑顔がここに紹介した写真です。
 以下は一部禅問答のようなダイアローグというか会話ですが、松本さんと言う先輩の人となりをわずかにでも知るきっかけとなるかもしれません。

長谷川  断食って、文字通り食を断つってことですか?
松 本  断食にも多分、いろいろあると思います。ボクがやっている断食は、水分以外食べ物類はいっさい食べないってことではないんです。新鮮な生野菜を食べます。無農薬の野菜です。それからお粥。言葉は断食ですが、絶飲食じゃあないんです。
長谷川  今回が初めてではないんですか?
松 本  もう7〜8年になるんです、この断食を始めて。今回もいままでと同様、2泊3日のスケジュール。目的は心身ともにきれいな状態にすること。腸をきれいに保つことが何よりも大切なことであるという考え方の確認です。前田行基先生の指導に基いて行われるんですが、一日の3食を断ち、その後、おながしという腸の洗浄をし、そして断食と同じ回数の後食で整えて終了といった行程です。
長谷川  おながしって、何を流すんですか?
松 本  「おながし」とは、水のような便を出すことで、腸壁の襞の間に入り込んだ老廃物、いわゆる宿便を洗い流すことと理解しています。そうですね、2時間ほどの間に7回くらい水様便がでるんですが、腸が痛くなったり下痢の時のような痛みはなく、肉体的はごく楽なんです。それよりも、断食が終了してもとの生活に復帰することの方が難しい。長期入院された方は分かると思いますが、二分粥から三分、五分とお粥の濃度をふつうのご飯に近い状態にあげていきますよね。それと同じようにお粥でふだんの食事に戻していくんです。
長谷川  退院じゃなかった、断食明けの気分はどんなものですか?
松 本  軽いです。身も心も爽快。それからいま飯島農園で、ボクたちが作っている野菜、ほんとうに美味しいとますます思います。断食すると味覚に対する感度が戻ってくるような感じがします。安全な野菜を作りたいって、ますます思います。

 そんな会話を交わして、松本さんが体験してきた断食について、もっと具体的な1日のタイムスケジュール。使用前使用後風に言う、断食前は体重何キロで、断食明けでは何キロだったのか。ただぼんやりと空を見上げて過ごしていたのか、それとも考えるテーマを持って臨んだのか。そして、松本さんの断食に臨んでの最大のテーマは何だったのか。その辺りを聞き逃してしまった。なぜか。ボクが松本さんを独り占めできなかったから。すぐにお声がかかる。竹林のパーティ会場から「おーい、松本サーン!はじめるよ」「松本サーン、助けて」と。

長谷川  呼ばれているのに申し訳ありませんが、松本さん、2つだけ教えてください。その1。松本さんが何ゆえ農業に足を踏み入れたのかということ。その2。5年前の9月に亡くされた奥様の散骨に、この1月にインドに行かれたと聞きましたが、散骨についてお話しくださいますか。
松 本  ただいま、船橋市農業委員会に対して就農の申請をしています。千葉県では戦後7人目だそうです。離農者が相継ぐ中で、ボクのような農業とはまったく地縁血縁のない人間が就農するのは、ここ船橋市では初めてだそうです。農業委員会って、戦後の農地解放からの継続組織で農家の権利を守るための委員会だと思います。教育委員会ってあるでしょ、あの「教育」という単語を「農業」に置き換えたものと思えばいい。教育はほとんどの家庭では子供さんたちの教育と関係するので都市だろうが農村だろうがだれもが関係しますが、農業は教育委員会ほど各家庭に関係してこない。むしろ都市部の各家庭と関係が絶たれてしまっているので、ほとんどその存在自身が見えない状態になっているんです。実際のところ、この船橋では農地売買や農地転用に際し、乱開発を監視・抑止する役目を担っているんです。その背景には、農地は個人所有の不動産でありながら国民の大切な食料を生産する公共的役目を持つ一面ももっていますから、所有者の個人的意志のみで勝手に売買処分や地目の変更はできず、委員会の判断を待つということになる。その判断が主たる仕事になっている。農業従事者の権利を守ると言う委員会に、新しく参入してくるものがこのご時世にいるとは!とあきれられているんだと思うんです。
長谷川  あきれられているとは、具体的にはどんなことですか。本気で農業に取り組もうとしている松本さんに対して、その本気ぶりを試しているんですか。例えがずれているかもしれませんが、国民所得の低かった時代、海外旅行に出かけるにあたって、銀行の預金残高を申請書に資料として添付しなければいけなかったりなど、自己責任の部分を露骨に要求されましたが、アレに似たようなことですか。
松 本  ええ、似たようなものですね。現実的に野菜などを作る「畑」を持っているのかどうか。トラックは持っているか。住居と仕事場となる畑の距離はどうか。生産計画や出荷計画などの農事計画書は立案できているのか。飯島さんの後押しを得て、なんとか申請だけはしたってところです。
長谷川  恐ろしくハードルが高いんですね、農家になるってことは。それはそうと、ほぼ1年前、この好人舎で『田舎の学校』メンバーによるバーベキューパーティに呼ばれ、松本さんとほんの少しおしゃべりをさせていただきました。その折、自己紹介の延長で数年前に奥様を亡くされたこと、その奥様が曼荼羅研究家であったこと、収集した曼荼羅を見に来ないかとお誘いくださったこと、そしてお釈迦様の入滅の地でしたか、生誕の地でしたか、そこに行って散骨したいとおっしゃっていたことが記憶に残っているんですが、そのことについてお嫌でなかったらお話を伺ってもよいですか?
松 本  ええ、どうぞ。妻は、いや、ボク、家内のことは「ママ」と呼んでいましたし、家の中ではいまも娘たちと「ママ」と呼んでいるので、ママと言いますが、そのママを5年前に亡くしました。ママは曼荼羅の収集、研究をしていまして、そんなことで娘たちとも相談して、いつかはお釈迦様の生誕の地であるルンビニーに散骨しにいこうと。それが今年の1月、娘たちとも時間の調整ができて、実現できたんです。
長谷川  あいにく不勉強でルンビニーがどこにあるのかすら分からないのですが、ええと、お釈迦様に関連する地名ってありますよね。入滅の地とか?
松 本  お釈迦様にちなむ地名というと、生誕の地・ルンビニー。今回、ボクたちが行った土地です。インドではなくネパールです。インドのすぐ北にあるといったらいいでしょうか。そして以下はみなインドですが、初めて説法をした地がサールナート。そして入滅の地・クシナガル。一番ポピュラーな地名が悟りを開いた地・ブッダガヤ。で、生誕の地に行ってきたんです。
長谷川  釈迦というと、ボクがまだ会社員だった当時、新入社員で崎谷という名前の社員が入ってきたことがありました。そのころ、お釈迦様の足跡をたどるというイベントがあり、いわばツアーの事前説明会のようなものでしたが、その席で講師の方から「釈迦=シャカ→サキャ→崎谷」という連想ゲームのような小話を披露され、その崎谷というなまえの新入社員が入ってきたことを思い出し、さっそく新入社員歓迎の席で「お釈迦様の末裔ですか」とからかった覚えがあります。ボクの妻の友人でネパール人のサキヤという人もいて、いつかはインド・ネパールをめぐりたいと言う望みもあるのですが、釈迦については何も知らないも同然なんです。そのルンビニーでどのように散骨されたのですか。中国の周恩来さんが遺言通りに、長江に散骨されたように、やはり大河ガンジスに散骨されたのですか。
松 本  カトマンズから車で7時間くらいのところにルンビニーがあり、聖地ですから日本からもその他の仏教国からもずいぶん訪れる人が多いところです。とても散骨できる雰囲気ではないんです。でも、夢のお告げとでもいったらいいのか、明日は帰らなくてはいけないという日の朝、辺り一帯は霧が立ち籠めていて、その霧に乗じてさるところに散骨、いや、分骨という言い方が正しいでしょうね、ママのお骨を納めてきました。霧が立ち籠めていなかったら、とてもそんなことはできなかったでしょうね。その意味で前夜に見た夢のお告げどおり、ママが好きだったルンビニーに納めることができたんです。ミルキーのような不思議な朝でした。
 
 竹林から、「おーい、松本サーン、長谷川サーン、始めるよ」の声がかかります。
 ほぼ1年前にお聞きした奥様の闘病と看病譚はまた別な機会にうかがうとして、今回はこれにて。なお、松本さんのホームページユタカファーム(この色が変わったユタカファームという文字をクリックすると「ユタカファーム」に飛びます!)チェックしていただければ、松本さんの抱いている夢がどのようなものなのか、うかがえます。
by 2006awasaya | 2007-08-12 13:36 | 真剣!野良仕事

稲の観察記録[第15回]

2007.8.10
稲の観察記録[第15回]
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安藤 花が咲きはじめてから約10日がたち、実が充実しはじめたようだ。穂がたれてきている。夏休みもあと数日で終わる。「イネづくり」は秋まで続くが、「自由研究」の方は一区切りつけて学校に提出しなくてはならない。

飯島 稲の背が小さくなるとは初めて知りました。ビックリです。すごい観察力ですね、感心しました。
by 2006awasaya | 2007-08-10 08:36 | 稲の観察記録

稲の観察記録[第14回]

稲の観察記録[第14回]
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安藤 ネットで見ると、この時期に必要な仕事として「スズメよけ」がある。穂が実りはじめると、すぐスズメにねらわれる。庭先のバケツ稲でも事情は同じらしい。このことを私がA子に説明して、対策の準備をすすめることにした。

飯島 つぎつぎと考えますね、すずめですか。農家はすずめが来てから対策したりしています。どの方法が有効的でしょうか、楽しみです。私の田んぼの場合、家族で稲づくりをしている皆さんは花見と同時に案山子つくりをしていますよ。
by 2006awasaya | 2007-08-04 06:37 | 稲の観察記録