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【真剣!野良仕事】[159=そうか病?]

2011.6.26(日)
これって「そうか病」でしょうか?
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↑2011.5.28に美しく花開いたジャガイモ。品種は「洞爺」。葉っぱを見る限り、地上部にはなんの問題もなさそうだが、地中ではかなり過酷な試練に耐えていたに違いない。まことに申し訳ない。
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↑2011.6.25に収穫して水で洗った「洞爺」。痛々しいキズに、どこかドメスティックヴァイオレンス、児童虐待という言葉を連想してしまい、シュンとなりながらも、優しく剥いておいしくいただきました。

 4月2日(土)にジャガイモの種芋8つを植え、5月下旬に、きれいな淡い紫色の花も咲き、葉っぱも健康そう。この状況なら豊かな実り、期待できますよね。
 そこで、昨日、仲間たちが一斉にジャガイモを収穫しているので、午後の田んぼ水当番に出かける前にボクも収穫しました。
 種芋8個ですから収穫も大した量ではなく、30分で完了。ジャガイモ収穫のついでに去年の10月に植えた青森県産のニンニクも地上部が枯れてきたのでいっしょに収穫。両方を袋に入れて車に積み、持ち帰りましたが、なんだか、見た目が美しくないのです。プロが作る無傷なジャガイモとは大違い。カサブタのようなキズがうっすらと皮全体を覆っているように見える。
 何だろうと思い、水で洗って泥を落として改めて見直したら、あれれ、痛々しそうなほどの重傷。
 さっそく、ジャガイモ全般の広範な知識を総覧できるページpotatoジャガイモ博物館で調べたら、「そうか病」といわれる病気らしいということが分かった。
 ジャガイモ固有の病気例など、写真でいろいろ紹介されている中、参考写真56「そうか病」がもっとも似ている。これ以外に考えられる病気といえば、「ミナミネグサレセンチュウ」にやられたケースとも似ているし、象皮病(亀の甲症)類似症状にも似ているし、さらに、こうした皮のキズは多肥と肥大初期の高温でもこのような症状を発すると説明。つい1週間前に6月としては過去最高気温39.6度を記録した熊谷がニュースで報じられていたが、肥大初期はそんなに熱くはなかったはず。ここは多分、そうか病ということで、もしそうならジャガイモの皮を剥いてしまえば、なんの問題もないと説明があった。そこで、安心して肉じゃがやベーコンとチーズの炒め物にしていただきましたが、「そうか」って、どんな字を充てているのか気になり、調べてみると「瘡痂病」と書く。なるほど、キズ、カサブタかあ。草加はお煎餅の町で、ひょっとしたらお煎餅のヒビ割れに似ているからと、一瞬なりともそのように空想したことがちょっぴり恥ずかしい。
 対策はいろいろあるが、来年はそうか病が発症した区画で再びジャガイモを作ることは避けた方がいい。このこと、飯島さんに報告しておこう。
by 2006awasaya | 2011-06-26 20:22 | 真剣!野良仕事

【真剣!野良仕事】[158=直径8mmの無垢]

2011.6.23(木)
スイカの雌花
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↑5月15日に定植して33日目、雄花雌花がトンネル内に。雄花は花だけ、雌花には花の下に小さな実がついていて、見分けはすぐにつく。実は小さいながら、スイカの模様もしっかり見て取れる。それにしてもこの産毛、惚れ惚れと見蕩れてしまいます。小さなこの実は直径8mmでした。早く大きくなれよ!

 夏になると、なぜだか欲しくなりますよね、体を冷やしてくれる野菜やくだものを。
 この「体が欲する」という感覚、四季の変化がはっきりしている日本ならではのものなのでしょう。

 四季の違いが今よりももっともっと峻烈にして成り行きに抗することなき江戸の頃は、現在では考えられないくらい限られた品種の野菜や果物しか出回っていなかったに違いありません。穫れないものは穫れないのだから、食べはぐってしまえば、また来年まで待つよりほかに仕方なく、それゆえに、出回っている時期に出回っている旬のものをたくさん頬張ったのでしょう。

 この蒸し暑い時期といえば、真桑瓜が威張って登場してきますが、三谷一馬の『彩色江戸物売図絵』に紹介されている「まくわ瓜売り」によると、その風味は外来種には遠く及ばないのですがと断わって、「新潟県下の蜜柑瓜、愛知県下の柴田瓜、岩手県下の武士瓜などが有名です」とあり、真桑瓜が廉価で、かなり人の口を潤していたということがわかります。

 ところで、遠く及ばない「外来種」とは西瓜のことで、「まくわ瓜売り」につづいて「西瓜の切り売り」が登場してきます。樽の上に板を渡し、その上に大きな玉を櫛切りにして鮮やかな紅色の断面を見せるように売っている絵が紹介されています。真桑瓜売りの身なりに比べて、数等清潔そうで垢抜けた浴衣を着ているところから、西瓜売りのほうが購買客も裕福層だったことがわかるような気がしますが、同書に紹介されている西瓜伝来の説明では、「寛永年中、琉球より薩摩へわたる。慶安の頃、長崎にあり。寛文、延宝の間、長崎より大坂へつたえ、京、江戸に広まりて今さかんなり」(本朝世事談綺)とあります。うーん、そうだったのか。今さかんとはいえ、裕福じゃないと買えない高価な珍品だったのでしょうね。

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↑西瓜売りの図(三谷一馬の『彩色江戸物売図絵』からの転載)

 なにか季節を感じさせるものはないかと、全神経を張りつめている芭蕉の鋭敏で繊細な食欲に、このさわやかな夏の水果がどんなふうに取り込まれているのでしょうか。

 加藤楸邨先生の『芭蕉全句』から、年代順にまずは「瓜」を拾ってみますと、いろいろありますね。クイシンボというよりも暑さを凌げるご馳走だったんでしょうか。

闇の夜とすごく狐下はう玉真桑
 「折から真の暗闇で何かすごい感じの夜、その暗闇にまぎれ好物の真桑瓜をしたって、狐がひそかに瓜畑に匍い寄って来ていることよ」

瓜作る君があれなと夕涼み
 「知人の住んでいた跡を尋ねてみたところ、雑草が生い茂って見る影もない。かつてここで瓜など食って楽しんでいた君がいまもいてくれたらよかったのにと、ひとりあたりを歩いて夕べの涼をとったことだ」

山陰や身を養はむ瓜畠
 「瓜畑のほとりで旅疲れの身を休めて、瓜をくらい、しずかに身を養おう」

初真桑四つにや断らん輪に切らん
 「さあ、もてなしに出されたこの初真桑瓜をいっしょに食べよう、たてに四つに割ったらよいか、輪切りにしたらよいか、さてどちらにしたものであろうか」

花と実と一度に瓜の盛りかな
 「他の植物は花は花、実は実とそれぞれ別々になるものなのに、瓜は花が咲いているさなかにもう実も出盛りになっているのが、まことにおもしろい」

子どもらよ昼顔咲きぬ瓜むかん
 「昼顔が咲いて日盛りになった。子供らよ、さあ、冷やしてあった瓜を剥いて食べよう」

朝露によごれて涼し瓜の泥
 「朝露にしっとりとぬれたもぎ立ての瓜に、少し泥のついて汚れているのが、かえっていかにも新鮮で、涼しく感じられる」

 やはり好きだったんでしょうね、芭蕉さんは。
 そして、瓜の間に、西瓜が詠まれていないか、けっこう丹念にパラパラページをめくっていたのですが、ついに最後の最後に西瓜そのものではなく、記憶の中の西瓜が出て来るのです。最晩年の元禄七年、この年に芭蕉は亡くなるのですが、ああ、西瓜を真正面から取り上げなかったなあという甘い無念を満たしつつ、みずみずしい西瓜を以下の『東西夜話』に拾っています。

秋海棠西瓜の色に咲きにけり
 「秋海棠(しゅうかいどう)が淡紅色の可憐な花をつけている。目をとめて見ると、その色あいは実にみずみずしく、あの珍しい西瓜の色を備えて咲き出たという感じがする」

 園芸王国だった江戸の町では、この秋海棠はごく一般的な花だったようで、秋になるとどこの垣根にも鮮やかなピンクの花びらを見せていたんでしょう。その秋海棠の花弁の色が、つい数週間前に味わった西瓜を思い出させ、ああ、移りゆく季節の味わい深いことよと、きっと西瓜の甘みも舌の奥で懐かしく思い出していたのでしょうか。とにかく、色彩の魔術師のような一句ですね。色見本帖を手元で開いたような色鮮やかさに感動します。我がほうのスイカも早く大きくなれ、8mmの無垢よ!
by 2006awasaya | 2011-06-24 09:25 | 真剣!野良仕事

【真剣!野良仕事】[157=日本三代實録]

2011.6.1(水)
「資産苗稼殆無孑遺焉」とは
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↑安藤弘・書。日本三代實録巻第十六 貞観十一年五月のくだり。


 安藤弘さんの書「陸奥国貞観地震津波」を見てきました。
 以前、ボクのブログで紹介した「稲の観察記録」の方です。
 その安藤さんが5月29日から6月1日にかけて、市川市文化会館にて開催されていた「しあわせ・平和・想いいろいろ作品展」出展の書です。教育者として、この5月26日(ユリウス暦869年7月9日)の記録を書にした安藤さんの気迫が伝わってきます。
 ご存じのとおり、『日本三代實録』とは天安2年(858)から仁和3年(887)までの清和・陽成・光孝三代の編年史全50巻のことで、巻16にこの激甚大災害の様子が記述されています。東電が福島原発建設に際して地震津波評価段階で無視した記録です。
 この貞観津波については「石巻・仙台平野における869年貞観津波の数値シミュレーション」(活断層・古地震研究報告No.8 p.71-89 2008)で読めますから、詳しくはpdfをダウンロードして読んでください。今回の東日本大震災と驚くほど酷似しているのです。

 さて、安藤さんの書は会場正面に掲げられていました。額装された脇に、読みくだしの文が添えてあります。

 貞観11年5月26日癸未(みずのとひつじ)、陸奥の国で大地震があり云々とつづき、大地が裂け、馬牛は驚いて奔り、城郭や倉庫は崩れその数は把握のしようがない。その後、海は吼え、大波が湧き上がりと、読み下し文を読みながら、一番最後のくだりで、ボクにはなんとも読めない文字「孑」で絶句してしまったのです。読めないんです。ふつう漢字の偏や旁のどこかを読めば、当たらずとも遠からずで、字引を引く手がかりが掴めるもので、そこが漢字の優れてユニバーサルらしい美点なのですが、どこを読んだらいいのか、見当もつきません。画数はきっと3画、かな。

資産苗稼(たからもなえも)
殆無孑遺焉(ほとほとのこるものなかりき)

 この訓読用のふり仮名にも「孑」は読めていません。ああ、なんて発音をすればいいのだろう。
 
 自宅に帰り、白川静先生の『字統』で調べてみました。
 読みがわからないので、部首一覧表で3画の部首を調べると、「子」933とあります。933ページの部首索引にページを移動し、「子」の部に指先をたどると、一番最初に『孑』がありました。おお、247ページか。さっそくそのページを開くと、「ケツ ぼうふら」という読みを得ました。うーん、ぼうふら、かあ。太陽暦の一種といわれているユリウス暦で7月初旬の出来事です。田植えを済ませ、衣更えも終え、きっと梅雨も明けていて、万物がイキイキと成長しだした時分だったのでしょうか。ぼうふらも蠢き、蚊も飛び交っていたのでしょうか。

 そこで、このくだりの9文字を『字統』で調べ直してみました。

 音=シ、訓=もとで・たから 意味=資材のこと。 
 音=サン、訓=うむ・はぐくむ・くらし 意味=出生の時に額に文身をいれ、この世に迎え入れる証しを加えることで、出生の意。生産・産業など生み出す行為に用いる。
 音=ビョウ、訓=なえ・すえ 意味=草と田に従い、すべての田穀の初生。
 音=カ、訓=うえる・みのり 意味=農耕のこと。収穫そのものの意。我が国では農業に限らず仕事にはげみ努める「かせぐ」という。
 音=タイ、訓=あやうい・やぶれる・ほとんど 意味=近いこと、近づくこと。危害に近づくこと。
 音=ム、訓=ない・まう 意味=人の舞う形から。のち、無に両足をつけた舞が舞楽の字となり、無はもっぱら有無の無、否定の詞に用いる。
 音=ケツ、訓=ぼうふら 意味=ぼうふらの形。
 音=イ、訓=おくる・のこす 意味=貝貨を両手でもち、人に遺贈する形の字。
 音=エン、訓=いずくんぞ 意味=死んだ烏の象。

 ウーン、現代日本語の言文一致体とは異なり、音訓と字義でできる限り漢文調に正確に事象を記録する文字選び。一字一字の意味を探りながら、数ある文字の中でよくぞこんな恐ろしくも迫力ある文字を選んだものだと、ただただ感心するばかりです。

 以下はボクの意訳です。

「資材も資材を生み出す人も、さまざまな食糧となる苗も収穫した穀物もほとんどなく、ぼうふらを残すのみ」

 なお、『焉』がよくわからない。いずくんぞの一字だけが余っているようだが、これは以後に続く報告文の一字が拾われているのかも。句の頭に来る例はあっても、句の締めに来る例を知らないので。
 あるいは、発音せずに、不気味で不吉な烏の死骸を置いて、茫然自失している様を表わしているのか。
by 2006awasaya | 2011-06-01 15:48 | 真剣!野良仕事